2-19
「え、遺跡、消えちゃったんですか」
三叉亭で、思わず叫ぶ。
「ああ」
対して六徳は、至極残念でもなさげに頷いた。
穴に落下して死んだと思われていた禎理の身体が引き上げられたその晩、遺跡だと思われていた穴も、その前にあった嶺家文字の連なる壁の部屋も、綺麗サッパリ消えてしまったそうだ。
遺跡も、天空神が眠っていたあの空間も、全ては夢だったのだろうか? そっと、傍らで懸命にシチューを貪っている模糊を見やる。模糊は確かに、禎理の傍にいた。だから、……夢ではないのだろう。
一方、元来が魔界に漂う霧の魔物であった六徳は、怪異などものともしない顔で言った。
「ま、誰の仕業か想像つくがな」
「そうですね」
おそらく、天空神を封印する役目を終えたあの空間は、風神が消去したのだろう。何となくそう思い、禎理はふっと息を吐いた。迷惑を掛けることを嫌う、風神らしい。
と。
「褒められて嬉しいな」
突然の声に、驚く。飛び上がりそうになりながら横を向くと、小さな皿でシチューを頬張っている模糊の横で、当の風神がシチューを頬張っていた。
「か、風神!」
思わず、辺りを見回す。折良く、三叉亭には禎理と模糊と六徳、そして風神以外誰も居なかった。エックとアルバ、そしてチユもいない。三人は「久しぶりに里帰りだ」と言って南部諸国に行っているのだ。
ほっとして、再びシチューを頬張る。その禎理の耳に、不意に風神の静かな声が響いた。
「僕はね、禎理。この世界のあらゆる命には価値が有ると思うし、ただ存在するだけで良いと思ってるんだ」
はっと匙を止め、風神をまじまじと見やる。風神は禎理の悩みを知っているかのようににこりと笑うと、いつもの暢気そうな声で言った。
「だから、君も堂々と生きていけば良い」
勿論、忘れられない人のことを無理矢理忘れるのは駄目だし、だからといって自責の念だけで生きていても駄目だ。風神は呟くようにそう、言ってから、再び禎理の方を向いてにこりと笑った。
「第一、君の為にあれだけ人が集まってくれるんだから、君は『必要無い』人なんかじゃない」
風神の言葉に、六徳が大きく頷くのが見える。
恥ずかしく照れくさいような、そして何故か清々しい想いが、禎理の胸にしっかりと、宿った。




