2-17
はっとして、目覚める。
またもや禎理の身体の上で風神が眠っていたが、今度は禎理は風神を邪険には扱わなかった。
「風神」
そっと、その小さな身体を揺らす。優しくなってしまったのは、都市の崩壊を悲しむ風神の顔を見てしまったからだろう。
眠い目を擦りながら禎理の方を見た風神に向かって、口を開く。だが、言葉が出て来ない。何を言って良いのか、分からない。
「君が見た夢の通りだよ」
禎理の戸惑いを察したのか、風神が口を開く。
「ここに、天空神が封じられている」
風神への嫉妬から『力有る石』に惑わされ、その強大な力で以てこの世界を壊そうとした天空神を、風神は天空神の『神力』を抜いた上で『石』ごと封じようとした。だが、『力有る石』の方が一枚上手で、天楚市の前身である四路街に天空神の身体を落とした。それが、「天の礎石が落ちた」伝説と『埋もれた都』が生じた理由。説明する風神の声は淡々としていたが、禎理には悲痛に響いた。
「そう、なの」
それだけしか、言えない。だが、次に浮かんで来た疑問は。
「でも、今『天空神』居るよね?」
天空神も『自然の理』の一つ。『自然の理』が崩れてしまうと最悪この世界は滅びてしまう。だから天空神は必要なのだが、本物の天空神がここに封じられているということは、……今の天空神は、一体何者?
「それは」
そう言いかけた風神が、不意に禎理の身体を洞窟の壁にぎゅっと押し付ける。
「しばらく何も言わないで。できれば息もしないで」
ある意味無茶苦茶な要求に、思わず風神を睨む。だが、すぐ目の前まで近付いた風神の顔は、あくまで真剣だった。
息を殺す禎理の耳に響いて来たのは、複数の羽音。何? 何が居るの? 羽音が織りなす、何故か切羽詰まった感覚に、禎理は風神に問おうと思わず口を開きかけた。
「ダメ」
その禎理の口を、風神が塞ぐ。それと同時に、禎理の手足も風神が身体全体を使ってがっちりと壁に止め付けたので、禎理は羽音が遠ざかるまで身動き一つ取れなかった。
「もう、良いかな?」
やっと、風神が禎理の口から手を離す。息苦しさから解放され、禎理は荒く息をついた。
「な、何だったの?」
「天の輩」
禎理の問いに、風神は簡潔に答えてくれた。
「天空神の眷属。本物の天空神の事が知られないように見張っているんだ」
「なるほど」
それならば、見つからないようにしないといけない理由も、分かる。この世界の最高神として崇められている『天空神』が偽物だということが知られてしまったら、特に人間世界は大混乱に陥るだろう。そんな重大な秘密を知ってしまった人物がどうなるか、禎理は大体察していた。
「一応、普通の人間には不可視のはずだけど、禎理なら見えるかもしれないし。用心、用心」
禎理を、禎理と同じ瞳で見詰めて、風神が口の端を上げる。そして。
「続き話すね」
もう一度、用心深く周りを見回してから、風神は再び口を開いた。
今天界に居る『天空神』は、風神が『天の輩』の中から一番力の強い者を選び、『天空神』から取り上げた『神力』を付与した者。その時は、風神自身も『力有る石』に翻弄されつつあったので、臨時的措置として、『偽物の天空神』を天界に据えた。その上で、『埋もれた都』には封印を施し、その上に作られた天楚市に祝福を与えると共に、天空神が封じられた『空間』に通じる道が発見されてしまった場合には目立たぬように早急にその道が消えるよう、嶺家文字を使って魔法を掛けた。嶺家文字は元々風神が『流浪の民』に与えたものだったから、魔法を掛けるときに風神の力を使わずに済んで良かったと、そこだけは風神は明るく話した。
と、すると。禎理が調べていたあの壁の文字も、風神の魔法だったのか。ふっと、息を吐く。ならば、風神の性格からして壁の文字が変化して当然だ。エフェスには悪いことをしたな。禎理は自身を反省した。
「まあ、もう少しちゃんとした封印の方が良かったんだけどね」
「何故?」
風神の言葉に、首を傾げる。だが。
「悪夢の、問題」
次に出て来た風神の言葉に、禎理は何故か納得した。そう言えば、リアルな悪夢を見るようになったのは、この『遺跡』が発見されてからのことだった。
「まあ、それもすぐ解決するけどね」
そう言いながら、風神が再び禎理の左腕を引っ張る。風神に誘われるまま、禎理は再び暗闇の中に歩を進めた。
どれくらい、歩いただろうか。
「着いたよ」
風神の言葉に、目を凝らす。禎理のずっと下、深く大きな擂り鉢状の穴の底に、キラキラと青く光る光が、あった。
「天空神の魂と、『力有る石』」
光を指差し、風神が禎理にそっと囁く。
「あれを滅するのを、手伝って欲しいんだ」
『石』を滅すれば、悪夢は消える。『石の場』は、この場所だから。風神の言葉に頷きかけて、はっとする。『力有る石』の力は、強大だ。滅することで、上に有る天楚市に害は出ないのだろうか?
「大丈夫」
禎理の疑問に、風神が笑う。
「この場所は、頑丈に作ってあるから」
それならば。風神を信用して、右手を風神の方に差し出す。その禎理の手に、風神の右手が乗ると同時に、風神の姿は禎理の目の前から、消えた。
そのまま、ふっと、青く光る空間へと飛び降りる。禎理のその動きに呼応するかのように、擂り鉢状の空間の底から飛び上がった青色の『力有る石』を、禎理は僅かな動きで掴み取った。ふんわりと温かいその石を、胸に押し当てる。石の温かさとは反対に、禎理の心に去来したのは、痛むほど熱い憎悪と、凍るほど冷たい嫉妬の情。このように辛い感情が、この世界にあったとは。泣きそうになりながらも、禎理は石を落とさないよう、石を持つ手に力を込めた。次の瞬間、擂り鉢の底が、淡く輝く。『吸血石』を滅する時に、珮理の身体に現れたものと同じ文様が、禎理の瞳に映った。その文様に、石を掲げる。『力有る石』は抵抗するように震え、そして徐々に、見えない粒子になっていった。
「この世界の『力』になっていくんだ」
禎理の脳裏で、風神が囁く。『石』が消えるまで、禎理は美しい光に見惚れていた。
そして。『力有る石』が消えた瞬間、禎理の胸から何か熱いものが飛び出す。灰色に光るその塊は、禎理の方を見向きもせず、虚空へと消えた。
「彼奴らしい」
禎理の脳裏で、風神が笑う。あの塊は、『力有る石』を封印していた天空神の魂。解放されたので、再び何処かへ転生するだろう。あの魂も、何処かで幸せになってくれると良い。禎理はそう思い、そっと祈った。
「これで、今回のお仕事は終わり」
不意に、風神の姿が、禎理の前に現れる。
「君も、早く戻さないと」
「え?」
風神が何を言っているのか、理解できない。
だが、禎理が疑問を発するより前に、風神の姿は禎理の前から消え、世界は再び闇に包まれた。




