2-12
「……どうしても、嫌だと?」
暗く淀んだ部屋の中で、男の声が、響く。禎理が首を振ると、修道士の服を来た髭面の男は野卑な笑みを浮かべた。
「悪い取引ではないのだぞ」
男に身を委ねる代わりに、小さな村の教会の司祭職を貰う。貧乏な小作人出身の自分には過分な話だと、分かっている。だが。自分を得る為に、両親に大金を払って自分を修道士の見習いにしたこの男の下卑た意図も、分かっている。こんな男に、自分の身体を蹂躙されたくない。
「そうか」
あくまでの拒否に、男は再び薄く笑う。
「では、二度と日の下を歩けないようにしてやる」
次に男が手にしたのは、暖炉で熱せられていた焼き鏝だった。
柱に縛られている自分に、逃げ場は無い。男は躊躇いなく、焼き鏝を禎理の頬に当てた。気絶するより先に、響いたのは、絶叫だった。
はっとして、目覚める。自分の頬に触れずとも、そこに火傷が無いことは、禎理には分かっていた。
これは、……夢だ。おそらく、誰かの。七生の弟である九朗の夢を見ている為か、見ている夢が自分の夢なのかそれとも他人の夢なのか、最近の禎理には判別できた。でも、……誰の、夢? 禎理がそう訝しんでいると。
「よう。起きたか?」
禎理の箱ベッドの扉を開けたのは、アルバ。六徳が持たせたらしい、シチューの入った真鍮の缶を禎理に見せてから、アルバは椅子を禎理の方へ引き寄せて座った。
「大丈夫か? 丸一日眠ってたけど」
「ああ」
少し頭痛はするが、石畳に倒れたときのように全身が石のように動かないということはない。禎理は何とか起き上がると、六徳が作ったというパンをアルバから受け取った。
「ところで」
模糊と半分にしたパンを齧る禎理の耳に、アルバの疑問が響く。
「なんか魔法を使ったのか? その、……チユを助ける時に」
アルバの問いに、パンを食べる手を止める。あの時、何をしたのか、実は禎理自身にも自明ではない。何かしたのかもしれない。分かっているのは、ただそれだけ。
「そうか」
禎理の答えに、だがアルバは拘泥せず、話を続けた。
「チユにはエックが付いてる」
エックは多少がさつな面も有るが、仲間想いでもある。何時に無く素直なアルバの評に、禎理はくすりと笑った。
そして。
「ま、話しておいた方が良いんだろうな。……見たんだろ? チユの顔」
続けてのアルバの言葉に、頷く。他言無用と断ってから、アルバは禎理に話してくれた。
アルバとエックとチユは、天楚の南に位置する南部諸国にある、小さな村の出身。エックは村を支配する騎士の次男、アルバは村に一つだけある鍛冶屋の次男、そしてチユは、貧乏な小作人の次男だった。身分は違っても、同い年の三人はいつも一緒に遊んでいた。
家は貧しかったが、明晰な頭脳と美貌を持っていたチユは街の修道院長に認められ、修道院での修行が認められた。だが、その修道院長に虐められ、顔に大火傷を負わされたチユは修道院を飛び出し、故郷の村の廃屋に閉じ篭ってしまった。そのチユに顔を隠す頭巾を被せ、冒険に連れ出したのは、腕力に長けたエックと手先が器用なアルバ。二人は、自分達には無い「知識」をチユに求め、チユは二人の心意気に心を許した。だから三人は、ずっと一緒に冒険している。
アルバの話で、はっとする。先程の夢は、チユの経験だったのだ。
「チユは、過去のことを忘れたと思ってたんだがな」
自嘲するように、アルバが呟く。
「ま、忘れられる訳が無い、か」
その言葉に、禎理は少し淋しさを、覚えた。




