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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第二章 虚の見る夢
29/60

2-9

「……良かった」


 夕刻の空に、ほっと息を吐く。


 禎理ていりが連れて来た七生ななおの見立ては「過労で倒れただけ」。十分な休息を取れば大丈夫だという七生の言葉に安心したのか、エックは何も言わずに自分達の下宿へチユを連れて帰った。


 残ったアルバが、急を聞いて駆けつけた金衡かねひら教授に遺跡内部の説明をする。だが。


「何も無かった」


 アルバの説明は、ただそれだけ。嶺家れいか一族の遺跡には必ず有る筈の『石板』も、小さな遺物すら、見つけられなかったという。


「本当に、何も無い洞窟だった」


 アルバの言葉に金衡教授は残念そうに溜め息をついた。


「そうか」


 アルバの言葉に、嘘は無い。禎理も、実は、この洞窟が『埋もれた都』の遺跡なのかどうか疑問に思っていた。


 疑いの理由は、壁に書かれていた文字の内容。その殆どは、この世界の最高神である天空神を讃える言葉。天空神への讃歌が遺跡に刻まれていること自体は、問題無い。嶺家一族はこの世界を創造した、天空神を含む神々全てを信仰していたのだから。問題は、その讃歌の間に「天の礎石が落ちた場所」という文章が刻まれていたこと。嶺家一族が使っていた街の名称『四路しろ街』が『天楚てんそ』に変わったのは、四路街に天から石が降って来て、街全体が地下に沈んでしまったから。『埋もれた都』を作り出したこの災害が起こった後だ。その『後』のことが、遺跡に書かれている。と、いうことは、今禎理が調べている場所は『埋もれた都』ではないのだろう。禎理はそんな推論をしていた。


 と。何かがぶつかる衝撃に、思わずよろめく。考え事をしていて、誰かあるいは何かにぶつかったのだろう。禎理がそう思考するより早く、禎理は壁のような大男達に囲まれた。


「何処見て歩いてんだ!」


 罵り声に、気分が悪くなる。天楚市は夕方でも人が多いのだから、人にぶつかるのは日常茶飯事。考え事をしながら歩いていた禎理も悪いが、ぶつかっただけでそこまで怒らないで欲しい。だが、禎理の理屈はこのならず者達には通用しないようだ。いきなり、短刀の切っ先が禎理の鼻先に現れる。しかし次の瞬間、禎理はその短刀を持つ手を強く握ると、禎理の背後で短刀を手にしていた男の方へ投げ飛ばした。


「いってぇ!」


 呻き声が罵声に変わる前に、逃げる。だがすぐに、禎理は別の手に捕まった。


「天楚で揉めごとを起こすなって、いつも言っているだろうが」


 禎理を止めたのは、天楚市の治安を守る第九平騎士隊の隊長、大円たいえん。振り返ると、禎理が伸したならず者達が、平騎士隊の面々に取り押さえられていた。


「さて、喧嘩は両成敗だが」


 部下達の活躍を見た大円が禎理の方を見て笑う。


「今日は良いか」


 あのならず者達は、今日一日市内で暴れ回っていたらしい。


「まったく、最近は暴れ者が多くて嫌になる」


 そう言う大円の、帽子に隠れた目の下は、隈に縁取られていた。


「隊長も、眠れないのですか?」


 思わず、そう問う。禎理の問いに、大円は苦笑した。


「最近寒いからな」


 嘘だ。大円の声色に、そう直感する。大円の方も、嘘が見破られたのを理解したらしい。もう一度苦笑を見せた。


「妻の夢を、見るんだ」


 夜な夜な、亡き妻が夢に現れ、昔大円が行っていた悪行――といっても、付き合いで遊女と遊んだり、部下を助ける為に借金を重ねたりしたくらいだが――を詰る。そういう夢を、大円は毎晩見ているそうだ。


「ま、あいつには苦労かけたからな」


 自嘲するように笑う大円に、禎理は何故か、悲しくなった。


 同時に思い出したのは、何日か前の、須臾の行動。もしかしたら。須臾も、悪夢を見ていたのかもしれない。須臾の前で、禎理は何度も無茶をして、怪我をしたことがある。その時の夢を、須臾は見たのだろう。禎理なんかを、須臾が心配する必要は、全く無いのに。禎理は淋しく微笑んだ。

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