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夜毎に見る夢は、確実に禎理を苛んでいた。兄の夢を見ることもあれば、珮理夢を見ることもある。七生が横で眠っている所為か、見も知らぬ九朗という名の少年が禎理を口汚く罵ることも、ある。昼間の仕事である、遺跡の壁に書かれた嶺家文字の解読が、少しずつではあるが着実に進んでいることだけが、救いだった。……エフェスとは、言葉すら交わしてはいないが。
「やはり禎理は、一匹狼なんだな」
清書した羊皮紙を渡しに行った際、「助手は要らない」と口にすると、金衡教授はそう言って少しだけ顔を顰めた。
「だが、それで困ることもあるのでは?」
教授の言葉に、今度は禎理がうーんと唸る。確かに、冒険者をやっていれば、エックとアルバとチユのようにそれぞれの得意分野を活かして冒険することも、必要になるかもしれない。うまの合わない人々がいたとしても、協力して何かを成し遂げることを学習して欲しい。それが、金衡教授の狙い。しかし元々「他人に手を貸すのは好きだが手を貸されるのは苦手」な禎理には、到底不可能な話だ。それに。赤チョークの印や蝋板の文字を消したことを、禎理は許していない。だから禎理は、とりあえず、エフェスは無視して一人で作業を進めることに決めた。
「うーん」
高い所に有る文字を、壁に顔を近づけて読み取ろうとする。両手は蝋板と蝋筆で塞がっているから、ランタンを持つことはできない。もう少し明るければ判読できるのになぁ。禎理は取り留めも無くそう、考えた。
と。
「ランタンくらい持ちますよ」
静かな声が、足下で響く。見下ろすと、禎理が立っている脚立の横で、エフェスが、ランタンを掲げていた。
「あ……」
ありがとう。この言葉が出て来ない。何度も唾を飲み込んで、やっと「ありがとう」の言葉が出た。だが、エフェスの表情は硬いままだ。気まずい時間が、流れる。ランタンで明るくなったから解読は進め易くなったが、心がそわそわして蝋板に文字が思うように書けない。
と、その時。
「やっと出られた!」
太い声が、沈黙を破る。
振り向くと、遺跡に続く穴の入り口に、アルバの細い指が見えた。
「丁度良かった!」
アルバの声は、いつもの冷静さを失っている。
「禎理、今すぐ誰か呼んで来てくれ!」
どうしたというのだろう? しかし禎理の疑問は、すぐに解消される。アルバに続いて入り口に姿を見せたエックの太い腕には、ぐったりしたチユの身体が、あった。これは! 脚立から飛び降り、一歩でチユの傍に立つ。だが。
「助けはいい。早く医者を!」
拒絶するように手を振るエックに、一瞬だけ戸惑う。だがすぐに、禎理は七生を呼ぶ為に部屋から飛び出した。




