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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第二章 虚の見る夢
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2-7

 自分の叫び声に、飛び上がる。はあはあと息を吐く禎理ていりを心配したのか、模糊もこが禎理の肩に飛び乗り、禎理の首筋をぺろりと舐めた。その模糊を追い払おうとして、自分の荒れた感情に気付く。禎理はぐっと唇を噛み締めて自制すると、肩に乗ったままの模糊をそっと掴み、掌に乗せてその柔らかい毛を撫でた。


 思い出すのは、先程まで見ていた悪夢。死んで墓穴に横たわっていた兄が突然起き上がり、禎理を苛む夢。


「お前さえ、いなければ……!」


 土塊を持ったままの禎理の手首を強く掴み、罵る兄の声が、未だに耳に残っている。


 兄が禎理を罵る理由が、分からない。埋葬が、早過ぎたのだろうか? しかし兄が死んでいることは、何度も確かめた。尊敬する兄に叱られたことは、何度もある。だが怒られたことは、無い。禎理にとって、年の離れた兄は憧憬であり、同時に父と大叔母の次に恐ろしい存在だったのだから。そして。兄が禎理に恨みを残して死んだことが、禎理には悲しかった。


 不意に、景色が変わる。次に禎理の目の前に、立っていたのは。


珮理はいり、さん!」


 思わず、叫ぶ。禎理の声に、珮理は艶冶に笑い、そして禎理と同じ華奢な腕で禎理を抱き締めた。


「珮理、さん……?」


 その、珮理らしくない行動に、戸惑う。このような行動をした珮理を、禎理は一度しか知らない。……保管していた『吸血石』の欠片に、珮理自身が惑ってしまい、禎理の血を吸おうとした時、だけだ。


「貴方が居たから、私は殺された」


 残酷な言葉が、耳を打つ。だが、この言葉は、真実だ。『珮理を殺すこと』を選択したのは、禎理自身なのだから。


 禎理の首筋に、鋭い痛みが走る。自身の血が吸い尽くされるのを、禎理は動けないまま感じて、いた。




 禎理の血を飲み干すことで珮理が『救われる』のなら、それで、良い……。




 再び、はっとする。兄の夢を見て飛び起きた後、再び眠ってしまっていたようだ。


 もう一度、今度はしっかりと意識を保って、上半身を起こす。大丈夫だ。今度はちゃんと、起きている。


 しかしながら。


〈……やはり、珮理さん、も〉


 兄の件とは違い、珮理の件については、自分が恨まれているという確信は、あった。だが、夢の中とはいえ、ここまで悪意に押し潰されては、良い気はしない。悲しかった。ただただ悲しかった。溜め息をつく禎理の頬を、涙が流れ落ちた。


 と。箱ベッドの中に乱入して来た赤い髪に、不意を突かれて驚く。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 甲高い声を上げて禎理に抱きついて来たのは、七生ななお


「私のこと、嫌いにならないで、九朗くろう!」


「七生」


 泣き叫ぶ七生の、華奢なのに力強い腕から自分の腕だけ外し、そっと七生の背を撫でる。おそらく。……七生も、悪夢を見たのだ。禎理と同じ種類の。


「禎理……」


 しばらく背を撫でていると、落ち着いたのか、七生はつと禎理から身を離した。


「九朗のこと、ずっと好きだったから、口付けしたのに」


 七生の声が、震えているのが分かる。


「でも、九朗は『あんたのことなんて大っ嫌いだ!』って……」


 しかし禎理には、気持ちを理解する以外何もできない。だから。


「七生」


 震える七生の身体を抱き寄せ、乱れた髪を撫でる。


「大丈夫、夢だから」


「でも……」


「大丈夫」


 七生に、というより自分に言い聞かせるように、禎理は「大丈夫」と言い続けた。

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