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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第二章 虚の見る夢
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2-5

「もう、何でこう、意気地無しばっかりなの!」


 鋭い声が、耳を打つ。禎理ていりの目の前では、ベッドに上半身を起こした、禎理によく似た女の人が、禎理に鋭い視線を向けていた。


珮理はいり、さん〉


 叫びそうになるのを、堪える。禎理は俯くより、他、無かった。


 禎理が十二の年の、秋。天楚てんそ市周辺には『吸血鬼』という、人の血を吸い残酷に殺す人魔が跋扈していた。その魔物が禎理を狙った理由は、今でもよく分からない。おそらく、『力』を得る為に『蛇神の森』に暮らす無力な魔物を捕らえ血を搾取する人々と『吸血鬼』が結託していたから、家族が亡くなる前もその後もずっと魔物を捕らえる罠を壊し続けていた禎理を抹殺する為に、吸血鬼は禎理の血を吸ったのだろう。……それが、自身の終焉に繋がるとも知らずに。


 吸血鬼に血を吸われ、死にかけていた禎理を救ったのは、無力な魔物達が人間に虐められるのを阻止するべく立ち上がった魔界の大王(すう)と、その妻珮理。しかし禎理を助けた二人の、特に珮理の目的は、別の所にあった。『吸血鬼』を吸血鬼たらしめていた、この世界を滅ぼす為に暗躍している『力有る石』の一つ『吸血石』を滅する為に、二人は禎理を助けたのだ。


 多少のごたごたはあったものの、魔界の大王数は魔物を閉じ込めていた場所と魔物を捕らえていた人々を見つけ出し、自身の目的を達した。そして、『吸血鬼』の方も、なけなしの勇気を振り絞った禎理が『吸血鬼』から『吸血石』を奪うことにより、目的は達成されようとしていた。だが。『力有る石』を滅ぼすには、必要な物が三つある。『力有る石』と、古代の神の一柱である風神かぜかみの子孫の中に生まれる『担い手』と呼ばれる者、そして『石の場』だ。禎理が『担い手』の素質を持つが故に、珮理と数は禎理を助けた。そして、『石の場』は、珮理自身の身体だった。


 俯いたまま、そっと横を見る。禎理と同じように、魔界の大王数も、そして風神も、押し黙ったままだった。


 『担い手の素質を持つ』禎理の身体に、担い手の本質である古代の神『風神』が憑依し、『石の場』である珮理の身体の上で『風神の神力』を使えば、『力有る石』を滅ぼすことができる。ただそれだけのことなのに、それができないのは、『力有る石』を滅ぼすことは、珮理自身を壊してしまうことだから。珮理の身体を殺すだけではない。『力有る石』が消える際に発する『力』は余りにも強過ぎるが故に、珮理自身の魂も破壊されてしまい、珮理は転生すらできなくなってしまう。魂があれば、再びこの世界に生まれ変わり、幸せに暮らすことができる。だが、魂まで、破壊されてしまっては。


「もう、なんで男ってこう、意気地無しばっかりなのっ!」


 頬を張られたような鋭い声に、はっとする。


「『吸血石』を滅ぼすことが、貴方達の目標だったんでしょ!」


 珮理の声は、力強く、そして無限の哀しみに満ちていた。


「このまま放っておいて『吸血石』の犠牲者を増やすつもり? そんなの、私は嫌よ!」


「で、でも……」


 俯いたまま、珮理を見る。禎理の視線に気付いたのか、珮理の涙の無い瞳がきらりと光った。


「お願い、禎理。……私は、貴方を殺したくない」


 唇の傷が、疼く。『吸血鬼』に襲われ、窮地に陥った時、珮理は禎理に口付けし、禎理の血を吸った。その時の淡い感覚が、禎理を悲しませる。珮理がこれ以上苦しまないように、自分が苦しもう。そう思ったから、禎理は風神に向かって頷いた。


 そして。風神は禎理に憑依し、自身の力を使って『力有る石』を滅ぼした。


 その時に見せた、珮理の表情の安らかさは、禎理を心底ほっとさせた。

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