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六徳と、件の常連三人組とで、遺跡が出たという天楚大学の図書館へ向かう。
「おお、禎理。待っていたぞ」
地下に広がる図書館の、それでも発光木をふんだんに使って明るくした遺跡発見現場で待っていたのは、禎理の後見人、天楚大学言語学教授の金衡だった。
「此処を見てくれ」
早速、手にしていた発光木入りのランタンを掲げながら金衡教授が説明を始める。拡張工事途中の、壊された図書館の壁の向こうに広がっていたのは、少し細長く見える部屋。図書館の床より一段下にある石畳の床は、地下である所為か少し湿っているように見えた。そしてその部屋の壁一面には。
「……なるほど」
金衡教授が一日天楚金貨一枚で禎理を呼んだ理由が、分かる。薄汚れた白い壁一面に描かれた黒々とした文字が、掲げられたランタンの光に映っていた。
「『嶺家文字』ですね」
一瞥して、すぐに分かる、複雑な線。大叔母が柔らかな地面に書いて教えてくれた時から見慣れている、ある意味懐かしい文様。
「なるほどね」
禎理の前に居たアルバが、息を吐く。
「これは、私達には無理ですね」
古代の民である『嶺家一族』が残した魔法文字である『嶺家文字』を読むことができる者は、多くない。禎理は、この文字を読むことができる数少ない一人だった。だから、『流浪の民』である禎理を金衡教授が後見しているのだ。この後見のお陰で、禎理は憧れだった武術道場に通うことができた。禎理が曲がりなりにも冒険者として生活できているのは、禎理の我が侭を聞いてくれた金衡教授に負う所が大きい。この位の文字解読など、お礼にもならない。
「それじゃ、仕方無いな」
壁を見ている禎理の横を、溜め息のように鼻を鳴らしたエックが通る。そのエックが立ち止まったのは、部屋のずっと奥だった。
「この下か?」
エックが金衡教授に尋ねる。エックの後ろに続いたアルバとチユの間から、禎理も、エックが覗き込んだ、床にぽっかりと開いた穴を覗き込んだ。禎理の背丈の三倍ほどの深さのある縦穴。その底の横に、人一人が通れるほどの横穴が開いているのが見えた。
「あの横穴の向こうが広い空洞になっていてな」
ランタンを掲げて、金衡教授が説明する。
「多分遺跡らしい」
「らしい?」
その説明に素っ頓狂な声を上げたのは、やはりエックだった。
「まあ、それを調べるのが私達ですから」
そのエックを、アルバが嗜める。アルバの言葉に、エックは肩を竦めると、持って来ていたロープを伸ばし始めた。
「ま、それもそうだな」
部屋の隅に杭を立て、ロープを固定し、穴へ下りる三人組。その三人を、禎理は笑顔で見送った。探索が、上手くいけば良い。そう、願いながら。
「さて、禎理にも仕事をしてもらわねば」
三人を見送った金衡教授が禎理に向かって微笑む。
「助手も付ける」
金衡教授がそう言うと同時に、図書館の方から細長い影が現れた。
「儂の助手の中でも優秀なのを選んでおいたぞ」
名前はエフェス。そう言って金衡教授が紹介した人物は、修道士が着る黒いローブを纏った、青白い顔の青年。
「ランタン持ちでも、何でも、遠慮なく頼め」
金衡教授の言葉に、禎理は見えないように、溜め息をついた。他人を使うのは、苦手だ。だから禎理は、大抵一人で冒険をしている。そして。金衡教授の言葉を聞いて、エフェスが微かに顔を歪ませるのを、禎理は見逃さなかった。推測するまでもなく、エフェスは禎理の下で働くのを嫌がっている。それはそうだろう。禎理は、この世界では最下層と蔑まれている『流浪の民』出身。低身分の冒険者だ。対してエフェスは、大学で助手を務めているくらいだから、大学へ行ける階層、少なくとも中流の、ある程度余裕のある商人か職人か農民階級出身、あるいはもっと高身分の、騎士又は貴族階級の出身だろう。高身分の者が、低身分の者の手伝いをしなければならないのだから、誇りが傷付けられたとエフェスが思っても不思議ではない。
〈大丈夫かなぁ……〉
禎理は初めて、この依頼に不安を持った。
だが。もう一度金衡教授を見やり、心の中で微笑む。頑張ろう、金衡教授の役に立つのなら。禎理はそっと、心に誓った。




