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「……今日は遅いな」
冒険者宿『三叉亭』に入った途端、主人の六徳にそう言われ、思わず頬を赤らめる。
森で摘み取った一霜草を小さな花束にして、七生に渡したのだが、そこから少し話し込んでしまい、結局三叉亭に顔を出したのがお昼過ぎ。普段は用事が無い限り朝食を食べに現れる禎理としては珍しい部類に入る行動パターンだ。その原因が女性なので、少し後ろめたい。禎理はそっと、いつものカウンターに腰を下ろした。
「良い依頼はもうこっちが貰ってるぜ」
すぐに、テーブル席から大きな声が上がる。振り向くと、エールの入った大きなカップを持ち上げた三叉亭の常連冒険者、戦士エックが上機嫌に笑っているのが見えた。
「天楚大学の図書館の下から遺跡が出たそうだ」
三叉亭名物の、よく煮込まれたシチューが盛られた深皿を禎理の前に置きながら、六徳が話を継ぐ。
天楚の街の地下にある、天楚大学の巨大な図書館が更なる拡張工事をしていることは禎理も知っていた。その工事で床を掘っていた時に、空洞を掘り当ててしまったらしい。天楚市の地下には、『埋もれた都』と呼ばれている、一晩で地下に沈んでしまった昔の街の名残が広がっている。傍を流れる大河と同じ字の『四路街』という名の街で、古代の民である嶺家一族が軍の駐屯地に使っていた場所である所為か、お金に換算できる宝石や遺物は中々見つからないが、学術的価値のある宝物や、失われた歴史や技術が刻まれた『石板』などはしばしば発見されている。おそらく今回の依頼も、そういった物を探す依頼なのだろう。シチューを頬張りながら、禎理はそっと、エックの横で水割りのワインを飲んでいる軽装備の冒険者アルバを見た。腕の良いシーフであるアルバなら、宝物を探すことなど訳無い。そして。アルバの隣で黙々とパイを頬張っている、顔ばかりか全身を黒い布で隠している性別不詳の青年チユは、物品に関する博識を持っている。遺跡に魔物が出るという話は聞かないから、戦士は要らないかもしれないが、ともかく、エックとアルバとチユ、南部諸国出身の息の合ったこの三人組にかかれば、遺跡探索など簡単なことだろう。
「三人で一日天楚金貨二枚ですからね。良い仕事ですよ」
いつも皮肉しか言わないアルバの口が、今はやけに素直だ。それだけ、大金が入ることと自分の技術が活かせることに喜びを感じているのだろう。
と。
「禎理にも別の仕事が入っている」
不意に耳にした六徳の声に、思わず顔を上げる。
「一日天楚金貨一枚だ。受けるだろ?」
「おいっ!」
六徳の言葉に、禎理より先にエックが反応した。
エックの反応も、尤もだ。天楚銀貨三枚あれば、市内で一日暮らすことができる。天楚銀貨十枚が天楚金貨一枚だから、禎理の報酬は一日の生活費の三倍以上。遺跡系の依頼が一日で終わる筈が無いのだから、上手くやりくりすれば冬中のんびりと、冒険依頼を受けずとも暮らせる額になるだろう。
「そっちをよこせ!」
「無理だな」
エックの抗議に、六徳が薄く笑う。
「禎理にしかできないことだからな」
「何ですか?」
「行けば分かる」
首を傾げる禎理に、六徳は軽く笑うと、もうそろそろ昼食は終わりだと言うようにテーブル席の冒険者三人を睨んだ。




