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気が付くと、禎理はベッドの脇に尻餅をついていた。その横で風神が禎理の手をしっかりと握っている。
「……大丈夫?」
風神の問いに首を縦に振る。だが、告げられた真実が禎理の胸を突き刺している。その痛みだけは、感知できた。
禎理の顔を覗き込んだ風神は、禎理がなんともないことを確かめ、ふっと笑って話を続けた。
「僕は、風神だから、『石』が壊れる痛みを受けても自分まで壊れずに済んだ。まあ、数十年くらい力が戻らなかったくらいかな。……けど、珮理があの痛みを受けたら」
そこで風神は一旦言葉を切る。その言葉の続きは、聞かなくても大体分かって、いた。
「間違いなく、魂ごと消滅してしまうだろうね」
「そんな……!」
魂が有ってこそ、『この世界』で輪廻転生が出来る。だが、魂が消滅してしまったら、『珮理』という存在は生まれ変わることができず、永遠に失われてしまう。
「珮理さんは、このこと、知ってるの?」
風神の目を見ながらゆっくりと尋ねる。返ってきた答えは禎理にとって更に衝撃的だった。
「もちろん。僕が全て話した」
禎理は卒然と理解した。何故、数が吸血石を探すのをあんなに嫌がっていたのかを。そして……。
「ちょ、ちょっと待って!」
ある考えに行き当たり、叫ぶように風神に尋ねる。
「それって、もしかして、僕が珮理さんを消しちゃうってこと?」
珮理を除けば、『担い手』となることができるのは禎理のみ。今『吸血石』を滅ぼすとしたら、必然的に禎理が『担い手』の役割を担わなければならない。動揺する禎理に、風神は禎理の目を見てはっきりと答えた。
「そうだ」
風神の答えは残酷に禎理の胸を刺した。
「そんな……!」
あまりに重い真実に、泣きそうになる。禎理は頭を抱えて呻いた。
「……まあ、半分になった吸血石が揃ってから、の話だけど」
風神はつと立って禎理から離れると、窓の桟に腰を下ろした。
「それに、たとえ石が見つかったとしても、滅するかどうかは君の意思さ」
心から拒否している者に無理矢理何かをさせることは出来ない。風神はそう言うと、懐から銀色の横笛を取り出し、吹き始めた。蕭蕭としてもの悲しい音色が部屋中に響く。禎理は落ちていた毛布を頭から被り、膝を抱えた。
〈僕が、珮理さん、を……〉
暗闇の中、そっと、両手を見つめる。
〈……できない!〉
できるわけがない。優しくしてくれた人を、この手にかけることなど。禎理の目から大粒の涙が零れ落ちた。風神の意思の強さからすると、必ず、『吸血石』は見つけ出されるだろう。それは、禎理の頭でも推測できる。その推測から導き出されることは、唯一つ。
〈嫌だ……!〉
毛布を被ったまま、叫ぶ。自分にできることは、唯一つ。
そっと、毛布から顔を出す。笛の音も、風神の姿も何処にも見えず、部屋の中には夜の闇が広がっていた。
静かに立ち上がり、ベッドに眠っている珮理を見る。静かに眠っているその姿は、とても綺麗で、自分の血を吸った吸血鬼とは似ても似つかない。この人を、殺せるのか? もう一度、自問する。しかも、殺すのは身体だけではない。生きとし生けるものの根源である『魂』まで、殺すのだ。……そんなこと、できるわけがない。
唇の傷が、疼く。禎理はくるりと向きを変えると、何も持たずに部屋を飛び出した。




