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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第一章 血が喚ぶ者
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 気が付くと、禎理ていりは荒野の真ん中に立っていた。


 禎理の目の前には、首の無い、醜悪な感じのする爬虫類系の生き物が横たわっている。首があったと見える、刃物でばっさりと切られた切り口からはまだ血が流れ出していた。


〈これは、『僕』の記憶〉


 風神かぜかみの声が、禎理の頭の中から聞こえる。


〈二百年程前。僕が『風理ふうり』という『担い手』だった時の記憶〉


 これから時系列的に、風神の記憶を体験してもらう。風神の声が静かに響く。風神の意志で動いているのか、それとも自分の意志で動いているのか全く分からないまま、禎理はそろそろと、目の前で血を流し続けている首の切り口に近づいた。正確には、切り口に微かに見える黒い光に向かって、だ。


 血の色よりも遙かに暗い、そして禍々しい光を放っているそれに、手を掛ける。体力が無いからか、かなり時間を掛けて引っ張り出したそれは一抱えもある大きな、黒地に金色の粒が散っている石だった。


〈『黒の石』。……魔力発生の源さ〉


 風神の声が静かに響く。と、すると、これは『魔法革命』の時の記憶なのか? 母から聞いた昔話を思い出しながら、禎理はその『黒の石』と呼ばれるものを静かに抱き締めた。途端、石が光りだす。次の瞬間。禎理は身体中に名状し難い痛みを感じた。身体が、いや魂までもが千々に砕け散ってしまうような、そんな痛みだった。


「や、やぁーっ……!」


 思わず叫ぶ。だが禎理の身体は『石』を抱いたまま放さない。痛みの中、思い出したのは、母の話す物語。『風理』と言う名の『担い手』が、自分の命と引き換えに『黒の石』を封じ、世界を破滅から救ったという、伝説。


 物語は、あくまで物語だと思っていた。薄れゆく意識の中、禎理を包み込んでいたのは、満足感、だった。




 再び、景色が変わる。自分が空を飛んでいることに、禎理ははたと気付いた。禎理の目の前、少し下の方には、見たことの無い森が広がっている。『蛇神の森』と違い、木の一本一本が鋭い。


〈天楚市の更に北、直和ちょくわ地方の森さ〉


 再び、頭の中で風神の声がする。


〈ちょっと、腕を見て〉


 風神の声に誘われ、禎理は飛びながら自身の腕を目の前へ持って来た。そして瞠目する。風神の記憶を体験しているのだから、風神の神としての格好――薄い貫頭衣を腰の帯で止めただけの姿――をしているのは当然だ。だが、驚いたのはその点ではない。風神の腕が、肘から先で消えていたのだ。


〈な、何なの?〉


 よく見ると、足も膝から下が無い。戸惑う禎理の頭の中で風神が笑った。


〈大丈夫だよ。この時はちょっと力が足りなくてね、身体を完璧に保てなかったんだ〉


 そして突然真顔になる。


〈『黒の石』を、滅した為に、ね〉


〈どういうこと?〉


 その変化に戸惑いながら、質問する。禎理の質問に風神が答える前に、突然、男女の争う声が聞こえてきた。


「渡しなさい!」


「渡すわけにはいかない」


 男の声はその落ち着き具合からかなり年をとっているようだが、女の声はまだ少女だ。何を争っているのだろう? 禎理は声のした方へ向かって行った。


「運命の糸は既に切れているのよ!」


「それでも、駄目だ」


 近づくにつれ、言い争っている男女がはっきりと見えた。男は黒い服に白のネッカチーフを身に付け、女は紡錘竿を握っている。黒服の男の素性は、すぐに分かる。魔王(すう)だ。女の子の方も、持ち物から禎理にはすぐに誰だか分かった。紡錘竿から運命の糸を引き出し、この世界の全ての生命の運命を司る神、運命神プロバビルだ。更に近づくと、男がぐったりとした女の人を抱いているのが見えた。


珮理はいりだよ〉


 風神の声がそう言う。


 禎理はすっと加速をつけると、言い争っている二人の間に割って入った。


「あ、風神!」


 地面に足を着けるや否や、運命神が飛びかからんばかりの勢いで近づいてくる。


「あなた、数に何てこと言ったのよ!」


 禎理の襟首を掴み、運命神は乱暴にその身体を揺すった。


「珮理を生かすために吸血石を使っても良いだなんて!」


 そっと数のほうを見る。数の腕に抱かれた珮理の胸には確かに、赤い石が光っていた。


「言っとくけど、一番力のある神様だからって、そんなこと言う権利なんて無いんだからね!」


 運命神は今度は拳で禎理の胸を叩きだした。


「やめろ、プロウ」


 数の静かな声が聞こえたが、運命神は止めようとしない。それどころか更に強く禎理の胸を叩く。心に響くその痛みに、禎理はしばらく黙って耐えて、いた。そして。


「……プロウ」


 不意に禎理は運命神の腕を掴んだ。そしてそのまま数の前まで引っ張って行く。


「見てて」


 しゃくりあげている運命神にそれだけ言うと、禎理は珮理の胸に右手をかざした。禎理の右手がぽうっと光る。と思う間に珮理の胸に複雑な紋様が浮かび上がった。


「これは……!」


 運命神の真っ赤な目が驚きに見開かれた。


「吸血石の『場』だ」


〈……『場』?〉


 聞いた事の無い言葉に禎理は思わず首を傾げた。


〈……『石』を滅するのに必要な物を知っているかい?〉


 その頭の中で風神の声がそう聞き返してくる。


〈ううん〉


 昔、母から聞いた『担い手』の話の中には、そんなものは全く出てこなかった。


〈『担い手』と『石』と、その石に合った『場』さ〉


 戸惑う禎理の心に風神の声が響く。


〈えっ?〉


 その言葉に、禎理は不意に理解した。と、すると、珮理が生きている『理由』とは……!


〈そう〉


 禎理の考えを読んで風神が頷く。


〈『場』の、為なんだ〉


 全ての原因は、吸血石を消滅させ、その『力』を『世界』に還元する為に必要な『場』が珮理の肉体に刻まれていることにあった。魂は輪廻転生を繰り返すが、肉体は同じ物を作り出すことが事実上不可能である。しかも、珮理の身体に有るこの『場』は、珮理の魂によって活性化されているので、下手に運命神に魂を渡してしまうとこの『場』は失われ、吸血石は永久に滅することができなくなってしまう。


〈だから僕は数に珮理を守り、生かすように言った〉


 淡々と告げる風神の声は本当に平静だった。


〈どんな手段を用いても良いから、と、ね〉


 風神の言葉に従い、数は吸血石を使って珮理を生かした。そして珮理は吸血鬼となった。


「……分かったわよ」


 諦めた声で運命神はそう言うと、風神の手を振り切って空へと飛び上がった。


「でも、忘れないで!」


 上空から叫び声が聞こえる。


「一番辛いのは珮理なんだからね!」


〈……そう、こうする事で一番辛かったのは珮理なんだ〉


 風神の声が頭の中で響いた。


〈辛い思いをするのも〉


〈え?〉


 風神の最後の言葉に引っかかりを感じ、思わず、聞き返す。


〈風理が、何故『黒の石』を抱き締めたか〉


 その風神の答えは、あくまで淡々としていた。


〈『場』、だったからだよ。風理自身が、『黒の石』の〉


 その理由の為に、風理は命を賭して『黒の石』を滅した。と、すると。


〈ちょっと待って!〉


 ある推測に、思わず、叫ぶ。叫びながら、禎理の意識は闇の中へと落ちて行った。

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