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その日の、夕方。
〈疲れた……〉
禎理は再び、数の屋敷の三階のベッドの上に横になっていた。
一度屋敷に戻り、昼食を食べてから再び、風神と共に天楚市を巡り、吸血鬼が落としていったと思われる『吸血石』を集めていたのだが、まだ身体が本回復していなかったらしい。風神から「顔色が悪い」と言われ、その小さな身体に支えられるように帰宅した後、捕まっていた魔物達を整理し続けていた九七一によって無理矢理ベッドに寝かされたのだ。
「夕食は、自分達で用意するから」
部屋を去る時に九七一が言った言葉を、思い出す。みんな忙しいのに、自分だけベッドに横になっていて良いのだろうか。疚しさを少しだけ、感じる。
と。部屋の扉が、静かに開く。ベッド側に立った人物に、禎理は心底ぎょっとした。
「珮理、さん!」
下の階で眠っている筈の珮理が、禎理の側に立っていた。唇が、再び疼く。動悸を抑えながら、禎理はベッドの上に上半身を起こした。
「どうしたんですか、珮理さん?」
珮理の顔を見ながら、そう尋ねる。次の瞬間。珮理が艶冶に笑うのを、禎理ははっきりと、見た。珮理のその表情に、背筋が凍る。あの笑顔は珮理さんのものではない。それは、まるで……! 動揺で、抱き寄せられたことにも、首筋を噛まれたことにも、気付けない。禎理は抵抗すること無く、珮理が禎理の左首筋を噛んで血を吸うのに任せた。あの地下室で、禎理の血を吸うことにより、珮理はオーガーと対決できるほどの力を得た。再び禎理の血を吸うことで、珮理に元気が戻るのであれば、構わない。身体中から力が抜ける中、禎理はただただ、そう思って、いた。
と。不意に、抱き締められていた身体が自由になる。その代わりとでも言うように、今度は座った膝の上に重みが掛かってきた。
〈……え?〉
そろそろと目を開け、瞠目する。禎理の膝の上に、珮理がうつ伏せに倒れていた。
〈……どうして?〉
禎理が首を傾げるより速く。
「禎理! 大丈夫か?」
頭の上から風神の声が降ってきた。
「うん……」
天井から、風神がふわりと禎理と珮理の横に降りてくる。そして風神は、ぐったりとした珮理の身体を優しく抱き寄せると、その細腕の何処にあるのか分からない力で珮理を禎理の横に寝かせた。
「……吸血石の力に抵抗できなくなってきている」
眠っている珮理の額を撫でながら、深い溜息をつく風神。その呟きを聞きながら、禎理は珮理を静かに見つめた。珮理の顔には先程までの艶冶さは既に無い。青白い顔に疲労の色が濃く映っているだけだ。
心配そうな瞳で風神が禎理の方を向き、首筋に触れる。既に血は止まっているのは、先程禎理自身が確かめている。それでも。吸血鬼に噛まれた時よりも、強く疼くのは、何故だろうか?
そして。
「ねえ、風神」
風神の方を向き、その顔をしっかりと見つめる。
「何で、珮理さんは、吸血鬼になってまで生き続けているの?」
今までずっと疑問に思っていたことを、禎理は再び口にした。
「知りたいか、理由」
禎理の言葉に、風神も禎理を見つめ返す。その視線は今までに無いほど鋭く、そして悲しげなものだった。
「ま、知っておくべきだろうな」
風神はふっと溜息をつくと、右手を手の平を上にして差し出した。
「右手を、乗せて」
「何をするの?」
風神の言葉に、小首を傾げる。
「言葉では話しにくいから、僕の記憶で説明する」
風神の答えは、禎理をますます混乱させるものだった。
「?」
「いいから、乗せて」
言われるままに右手を風神の右手に重ねる。次の瞬間、禎理は闇の中へ放り出された。




