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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第一章 血が喚ぶ者
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1-14

 エミリプ達用に冷めても美味しい総菜を買い込み、広場を離れる。しばらく歩くと、通りの一角に人だかりを見つけた。何が、あったのだろうか?


「見てみる」


 どうやら好奇心も旺盛らしい。風神かぜかみ禎理ていりを残して人だかりの中へと消えて行った。全く、「禎理を見張る」のではないのか? 禎理は今日何度目かの溜め息をつくと、人だかりの方へと歩いて行った。


 と。人だかりが、急に二つに割れる。割れた空間から現れたのは、黄色地に左肩から右脇にかけての太い緑の斜線が一本入った平騎士隊のサーコートを身につけた、大柄な男性二人。そして二人が持っているのは一つの担架だった。担架の上には筵が掛けられていたが、その筵がぼろぼろなので何が乗っているかがはっきりと見えた。だらんと伸びた青白い腕、かっと見開かれた目、そして、筵の破れ目から見える首筋にはくっきりと刻まれた二つの点のような傷跡。


〈吸血、鬼……〉


 思わず、首筋に手を当てる。傷が、疼く。全身が震えているのが、分かる。


「……又、吸血鬼だと……」


「……四階の住人が皆やられたんだって……?」


「……むごい……」


 人々のざわめきがずっと遠くに感じられる。


〈や、だ……〉


 今すぐここから去りたい。心はそう叫んでいるのだが、足がわなわなと震えて言うことを聞かない。と、その時。不意に右肩を掴まれ、禎理の心臓は飛び上がった。


「うわっ……」


 思わず叫び声を上げそうになる口は、柔らかい手に塞がれた。


「……禎理」


 聞き覚えのある声に、恐る恐る振り向く。肩と口に当てられた手は、確かに風神のものだった。禎理と目が合うと、風神は大丈夫と言うように目だけで軽く笑ってみせた。


「行こう」


 風神に引っ張られるようにして、禎理は何とかその場を離れた。


「ごめんね、一人にして」


 人から離れた場所で、風神が謝る。


「でも、もう活動しているとは思わなかった」


 風神の言葉に、禎理は内心震えながらこくんと頷いた。あの日、禎理が短剣で切ったのが、吸血鬼が持っていた吸血石。『石』が半分になってしまったから、力を得ようと焦っているのだろう。風神は静かな声で、そう、言った。


「そういえば、僕が切った半分は?」


 禎理の問いに、風神の口が開く。


珮理はいりのところ」


 禎理が珮理の胸に見た赤い光も、吸血石の欠片。その欠片の中に吸い込まれたという。


「え……」


 珮理も『吸血石』を持っている。と、いうことは。


「珮理さんも、吸血鬼なの?」


 訊きたかったのに怖くて心の奥底にしまっていた疑問を、禎理はこの時になって初めて口にした。


「ああ」


 疑問に対する風神の答えは、いつも通り単純明快。


 だが。


「何故?」


 禎理の次の質問には、風神は笑うだけで答えてくれない。禎理はむっとふくれると、風神を置いて数の屋敷とは別方向へ歩き出した。その禎理の服の裾を、風神が強く引く。


「風神!」


 戸惑う禎理の感情には構わず、風神は禎理の服の裾を掴んだまま、禎理を家と家との狭い隙間に引っ張って行く。ここは確か、さっき平騎士隊の人々が吸血鬼に襲われて命を落とした人を運び出していた屋敷の裏手では? 背中が総毛立つのを感じ、禎理は服を掴んでいる風神の、自分に良く似た小さな手を外そうと、半ば無意識に身体を捩った。その時。


「禎理」


 やっぱりあった。溜息のような風神の言葉に、逃げるのを止める。何を、見つけたのだろう? 地面を指差した風神を、禎理は首を傾げながら見詰めた。


「ここを見て」


 風神に促されるまま、視線を地面に移す。日の差さない薄暗い空間に小さく光る、見覚えのある赤色に、禎理の身震いは更に激しくなった。禎理の目の前にあるのは、正しく、吸血石。


「そう。吸血石の欠片」


 禎理の想いを読んだかのように風神はそう言って唇を強く引き結んだ。そして。


「禎理、拾って」


「えっ?」


 思いもよらない風神の言葉に、一瞬、息が止まる。この石を拾っても、大丈夫なのだろうか? 吸血鬼に二度噛まれた、首筋の傷がじんわりと熱を帯びてきたように感じ、禎理は首筋に手を当てた。吸血石が吸血鬼を生成するのであれば、禎理も吸血鬼になってしまうのではないか。怖れが、全身を駆け巡る。だから。


「風神が、拾ってよ」


 何とかそれだけ、声を出す。途端、風神の唇が真横に引っ張られるのが、見えた。


「あのね、禎理。何で僕が転生を繰り返してると……」


 しかしすぐに、風神は不機嫌な自分の口を抑える。


「ごめん。……とにかく、拾って」


 風神の豹変の理由は分からない。しかしながら、唇をきゅっと引き結んだままの風神が発している気に押されるまま、禎理は震える手で石を拾いあげた。その禎理の目の前に、風神が右手を差し出す。


「ここに、置いて」


 言われた通り、風神の手の平に拾い上げた赤い石を置き、そして素早く石から手を離す。禎理の手から離れた石は、赤い光を煌めかせながら風神の手をすり抜け、ゆっくりと床に落ちていった。


「う、そ……」


 信じられない思いのまま、風神の右手を掴む。風神の右手は、確かに禎理の手の中に有った。


「どう、なってるの……?」


 呆然とする禎理に、風神が笑う。


「これが、僕が転生を続ける理由」


 風神は、例え神である自らの力で人間と同じ肉体を得たとしても、『吸血石』を始めとする『力有る石』に触れることができない。『石を掴む事』が石を滅する必要条件の一つなのだが、掴むどころか触れることさえできないのでは話にならない。説明する風神の口調に無念さを読み取り、禎理は黙って地面に落ちた石を再び拾い上げた。禎理の手の中にある小さな欠片は、既に光を失っている。しかしこの石は、今朝も罪無き人の命を奪った石の欠片。背中が冷たくなるのを感じ、禎理はぎゅっと目を瞑った。


「大丈夫」


 その禎理の肩に、風神の温かい手が乗る。


「君は『担い手』になれるんだから」


 『担い手の素質を持つ者』は『石』の力に抵抗する力を持っているらしい。風神の言葉に、禎理はほっと胸を撫で下ろしたでも、とすると。


「じゃ、じゃあ、珮理さんは?」


 疑問のままに、質問を口にする。


「珮理は、『吸血石』の力で生きてるから、『吸血石』に対してだけ抵抗力が低いんだ」


 禎理の質問に風神はあっさりとした口調で答えた。そして。


「君に説明しなきゃいけないことはまだ山ほど有るけど」


 不意に風神が、石を持ったままの禎理の右腕を掴む。


「まだ話せる段階じゃないし、時間も無い」


 吸血石を消す為に必要だから、とりあえず、天楚市内に散らばっている石を集める。手伝って欲しい。その言葉と共に頭を下げた風神に、禎理はこくんと頷いた。風神に聞きたいことは、たくさんある。しかし質問は後でも良いだろう。風神に引っ張られるように、禎理は暗がりから光差す小路へと足を踏み出した。


 と。


「禎理?」


 小路から大路へと出るところで、ばったりと六角公ろっかくこうに出くわす。


「無事だったのか!」


 禎理を見て、六角鋼が相好を崩す。身分を気にせず、街中でも自分にも気さくに声をかけてくれる六角公に、禎理は好感を持った。


 そういえば。


「あの、服、と短剣」


 思い出した通りに声に出し、懐に仕舞ってあった短剣を取り出す。短剣を差し出すと、六角公は首を横に振って短剣を禎理の胸へ押し返した。


「持っているといい。……君にこそ、必要な気がする」


「え?」


 思いがけない言葉に驚く禎理に、六角公はにこりと笑うと忙しそうに立ち去った。


「六角公も忙しいんだろうな」


 背後から、風神の声が聞こえてくる。


「なんせ、天楚てんそ王の片腕だし、蛇神の森の魔物守護の約束もあるし」


「それくらい、知ってる」


 初代六角公と魔界の大王数が、蛇神の森で「互いの領域に侵入しない」・「互いの領域を侵すモノがいた場合、双方で協力して排除する」誓いを立てたことは、蛇神の森に暮らす流浪の民なら誰だって知っていることだ。しかしながら。……六角公が口にした、短剣が必要な『こと』とは、一体何なのだろう? 考えるだけで背筋に緊張が走る。


 ともかく、九七一くない達に昼御飯を届けることが先だ。禎理は気持ちを無理矢理切り替えると、再び風神を置いて歩き出した。

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