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貰ったお金を大事に懐へ仕舞い、街中へと繰り出す。晴天の天楚市は、普段と変わらず混み合い、活気に溢れていた。
「ね、禎理。あの肉饅頭とか美味しそうだね」
「あまり高いのはダメだよ」
天楚の広場にある、食べ物の屋台の方へとふらふらと歩き出す風神を、服を掴むことで制する。
「銅貨しかないんだし、エミリプ達みんなの分も買わなきゃ」
「ちぇ」
叱られた子供のように、風神が下を向く。禎理より少しだけ背の低いその姿形は、どう見ても禎理の弟、だ。『神』には見えない。これならば、訊いても良いかもしれない。禎理は意を決すると、風神にしか聞こえない声で尋ねた。
「風神は、本当に『風神』なの?」
「そういえば、数にも訊いてたね」
風神はあくまで飄々と、禎理の問いに答えた。
「僕は、身を隠してなんかいない。……『石』を追っているだけさ」
「石……?」
その答えの中の、風神が微妙に力を入れた一単語を、呟く。その時、ふと、母親から昔聞いた物語が禎理の脳裏に浮かんできた。
この世界の太母である『無』の神が古い神である風神、水神、炎神の次に産み落とした『灰色の石』。この石は、生まれ落ちると同時に『光』と『闇』の二つに分かれ、互いに相争った。その争いの中から天空神、大地母神などの新しい神々やこの世界が形作られたのだが、二つの石の争いはやがて世界に害を及ぼすようになった。そこで、神々が相談した結果、二つの石の力の大部分を元の『灰色の石』に封印することにしたのだが、膨大な力を持つ石はやがて『白の石』と『黒の石』に分かれ、姿を消した。そして、その力は今もこの世界を動かし、彼らを邪魔者扱いした神々やこの世界を憎み、滅ぼそうと企んでいるという。今、風神が話した『石』とは、この『力有る石』のことなのだろうか?
「当たり」
禎理の考えを読んだかのように、風神が笑う。
「今は『吸血石』を追っている」
「吸、血……」
風神の口から出た言葉を、再び反復する。そして。
「もしかして、吸血鬼っていうのは……!」
「そう」
不意に叫んだ禎理の言葉を、風神は肯定した。
「君があの地下室で見たあの赤い塊が、『吸血石』」
『吸血石』は元々、魔界に存在していた『力有る石』の一つ。世界に害を為すことを目的とし、石を持つ者を操って人間や魔物の血を吸わせることにより、人間や魔物の血の中にある『魔力要素』――それは元々天地創造の折に入り込んだ『力有る石』の微小な欠片が変化したものである――を自らの『力』に変え続けている『石』。風神はそう、禎理に説明した。
「『力ある石』を探し出し、滅することが、僕の目的」
風神の声はあくまで平静で、顔は笑ったまま。言っていることの重要性とのチグハグ感に、禎理は付いて行けなかった。
「滅ぼすって?」
だから。外れたことを、聞いてしまう。だが風神は、禎理の問いを嫌がらず、しかし簡単に答えた。
「『担い手』の話は、聞いたこと無い?」
その物語も、母から聞いた。『力有る石』の誘惑や呪いにも負けず、それを消滅させることができる者、その者を『担い手』と呼ぶ。しかし、これまでに『この世界』に現れた『担い手』は、ほんの僅か。
「まあ、そうだろうね」
禎理の言葉に、風神はくすっと笑った。
「僕が、適切な身体に転生しない限り、『担い手』は生まれないからね」
世界の始まりで生まれ、憎しみと恨みでもって『この世界』を滅ぼそうとしている『力有る石』。その『石』を滅する力を持っているのは風神だけである。しかしながら、何故か『風神』は『石』に触れることができず、それ故に『石』に対して自らの『神力』を使うことができない。だから風神は何度も『この世界』で転生を試み、『石』を滅する機会を窺っている。だが、転生先は運命を司る神プロバビルによってランダムに決められる上に、風神の力を余すことなく発揮するためにはそれ相応の身体が必要だ。風神が転生によって能力を最大限発揮できる身体を得た時、その者は『石』を滅する『担い手』となる。そして、そのような肉体を持つ者、すなわち、風神が入る『器』になりうる者が『担い手の素質がある者』。
「『担い手』になれるのは、ね」
不意に、風神が禎理の方へ顔を近づける。
「『風神』の血を引いている人間だけなんだ。……君や、珮理みたいに」
風神の言葉に、思考が止まる。自分が、この、『風神』の血を、引いている?
「君には分からないかもしれないけど、僕には分かる。君は確かに『担い手』の素質を持っている」
風神の声が、禎理の耳に、一字一句はっきりと、響いた。
「まあ、難しく考えなくてもいいよ」
だがすぐに、風神の声は、飄々とした感じに戻る。
「僕の力なんて、『魔法革命』後の『この世界』じゃ、使う機会なんてそうそうないから」
それも、少し寂しいかもしれない。風神への認識を改めた禎理は、しかしすぐに、再び屋台の方へとふらふらと歩を進める風神の服を掴んだ。
〈……全く、これじゃ模糊と変わらない〉
これが、禎理の偽らざる感情だった。




