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「神様っ!神罰を下して下さい!」


 定期報告の日でもないのに通信を申し込んできたティートに、また、ミーナとの惚気でも聞かされるのかとうんざりしていた神だったが、神罰という穏やかならぬ言葉を聞いて驚いた。


「神罰がダメなら、人間を罰するために力の行使をする許可をっ!」


 ますますもって穏やかではない。

 神罰と言う名の人界への神力行使は、稀ではあるがないことはない。しかし、天使が実力行使で人界に携わることは、ほぼあり得ないのだ。天使は人を導き癒やすものであって、罰を与えるものではないのだから。


「落ち着け、ティート。何があったのじゃ」


 泣きじゃくるティートは神の声が聞こえているのかいないのか、しきりにとある人間の男を抹消したいやら粉砕したいやらと、物騒な呟きを漏らしていた。

 ようよう落ち着いたティートが言うに、ミーナが初めての恋をしたとのこと。


「なんじゃ。ミーナが教会や王家に関わることなく人として幸せな人生を歩んでほしかったんじゃろ?乙女の恋、結構なことじゃろうが」

「真っ当な男なら俺だって塵にしたいとは思いませんっ!」

「塵!?」

「あの男はダメです。ミーナを守れるだけの強さも無く、金も無く、誠意も無い」

「嫉妬じゃないんかのぅ」


 神から見れば、ティートは娘のようにも妹のようにも思っている大事なミーナに虫が付いたことが許せないだけに見える。


「それにっ、あの男は不実ですっ。ミーナに甘い言葉を吐きながら、他にも何人もの女性と逢瀬を繰り返し、賭け事にのめり込み、酒に溺れる!ミーナに言い寄ったのも、俺が腕のいい治療師だから金を持ってるだろうって理由ですよ!?あり得ない!ミーナの為ならいくらでも稼ぐけど、あんな男に使い金なんてこれっぽっちもないっ!」

「よし、殺ろう」


 神様、掌返しの即決である。ティートの焼き餅からの発言かと思いきや、全くもって何処から見てもろくでなしのようである。


「ええ、殺りましょう!」


 神と天使の会話にしては相当物騒だったためか、神とティートの周りにわらわらと天使たちが集まり懸命になだめることとなったが、彼らの怒りは収まらない。


「ティートさん、人間の色恋で神罰は無しですよぉ」

「あー、えーっと、ミーナちゃん?って、ジアスさまの所から連れてこられた子だよな?責任があるのは分かるけど、失敗して傷つくのも人の成長の糧だろ?」

「あのー、先ず、ミーナちゃんを説得してあげたほうが……」


 集まった天使たちの言葉を聞いて、ティートは身も世も無く号泣し始めた。


「ミーナには言ったっ。あの男の本性を隠さずくまなく微に入り細を穿ち伝えた!なのに、信じないんだ!挙句の果てに兄さん嫌いとまで言われたんだっ!」


 ああ、それはティートの伝え方に問題があったんだろうなぁと天使たちは察したが、号泣の凄まじさに苦言を呈する気も萎えたようだ。


「あんなに俺の事を大好きだって言ってたミーナが……大きくなったらお兄ちゃんと結婚するって言ってたミーナが……。あんなろくでなしの悪党の社会のダニのクズ野郎に騙されて……。あんな男、いいのは顔だけじゃないかっ。男は顔じゃないのにっ」


「ああ……そりゃ、ティートさん程の美形と一緒に暮らしていたら、求めるハードルが上がり過ぎるか、全くハードルが無くなるかどっちかでしょうけど、上がっちゃう方でしたか」

「え、俺!?俺の顔がいいせいでミーナは顔だけ男に騙されたの!?」


 自分で顔がいいとか言っちゃうんだ……という呟きはティートの耳には届かなかったようで、膝から崩れ落ちた彼に、天使たちはそれでも同情と助言の声を上げる。


 ティートも神も分かってはいるのだ。

 いくらミーナが異世界から浄化のために連れてこられたとしても、世界の継続にに必要な人間だとしても、よくある人間関係のいざこざや縺れなとで神罰を下してはいけない、天使の力を行使してはいけない、そんな事は理解しているのだ。


 しょんぼりとして通信を切ったティートがどうするか、どうなるかを懸念した神や天使たちは、ただ人界に向かって祈るのみである。


 普段は祈られる立場なのに、と思いつつも皆が祈った。



  ◇◇◇


 天使たちの祈りが通じたのかは不明だが、ミーナの初恋問題はあっさりと片が付いた


「兄さん、ごめんなさい」


 ミーナが気まずそうにティートに謝罪したのは、神罰行使を願った10日後の事だった。

 10日間の冷え冷えとした空気の中で、それでもティートは懸命にミーナを説得しようとしていたが全て空振りに終わり、障害で燃え上がったのか、ミーナが更に相手にのめり込むという悪循環であった。

 そして、神に毎日連絡を取っては泣きつき、神の周りの天使たちに宥められ慰められるのが日課となっていたが、本人の言う通り、ミーナの前では決して泣いていない事は褒めてもいいのかもしれない。


 そこに、10日間ずっとだんまりだったミーナからの謝罪である。


「兄さんのいうことが正しかった。話を聞かずにごめんなさい」

「……ミーナ?」

「昨日ね、リサちゃんから連絡があって、会いに行ったの。それで、リサちゃんが連れて行ってくれたのが――彼と知らない女の人がべったりくっついてお茶しているとこで」


 ――リサちゃん、よくやった!俺の加護付けてもいいくらいの偉業だ!神様ー、ミーナの目が覚めました!でも、神罰は下しましょう。タマ取るのは流石にやり過ぎだろうから、毎日足の小指を家具にぶつける呪いとか、毎朝枕に大量の抜け毛が付く呪いとか、外に出たら必ず鳥の糞が頭を直撃する呪いとかどうでしょう?


 ティートはミーナの友人に心の中でGJを送り小躍り中である。当然、表情は真剣なままで。


「リサちゃんもね、兄さんと同じように彼と別れるように言ってたんだけど、私は彼の方を信じてた。リサちゃんに、彼の事を悪く言うなら会いたくないとまで言っちゃった。なのにね、リサちゃんは私のことを思って、いろいろ調べてくれて、それで……私が実際見ないと信じないだろうからって……」


 自嘲するように顔を歪ませるミーナの目の縁は赤いが、もう既に十分に泣いたのだろう、潤んだ瞳から涙がこぼれることはなく淡々と話し続ける。


「彼と女の人の話を隠れて聞いてたらね、私のことを好きなんじゃなくて、お兄ちゃんが持っているお金目当てだったみたい。そ……そろそろ抱いてやって金を引き出すって……そんなこと言ってた。兄さん、馬鹿でゴメン。それと、ありがとう」


「うん、目が覚めて良かった。俺の事はいいから、リサちゃんにちゃんとお礼を言おうな?」


「いっぱい言ったけど、まだ足りないからもっと言う。でも、兄さんにも、ありがとうとごめんなさいをいっぱい言わないと」


「いいんだよ、俺はお前のアニキなんだからさ。手のかかる妹を持つ兄は大変だけど、お前が可愛いからしょうがない」


 乱暴に頭を撫でるティートの手を掴んで「もうっ」と拗ねたように言ったあと、もう一度謝罪と感謝の言葉を告げたミーナは、リサにもう一度お礼を言ってくる――と、照れたように部屋を出て行った。


 ホッとして虚脱したティートは、どこまでならあの男をいたぶっても許されるだろうかと神に相談し


「呪いは神の範疇外じゃっ!」


 と、怒られたのだった。



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