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 その後も定期報告の実情は同じようなものであった。


 先ず「瘴気は順調に減少方向にあります」「うむ、引き続き注視せよ」「はい、畏まりました」という定型のやり取りをする。この一分もかからない報告のあとに続くのは勿論ミーナの話である。


 おにーちゃんと舌足らずに呼んでいたミーナが”お兄ちゃん”とはっきり呼べるようになり、成長してお兄さんと呼称を変え、一度だけ”アニキ”と呼んだあとは”兄さん”に落ち着いたこと。

 ミーナの友達が”アニキ”と呼んでいるのを聞いて自分も言ってみたが、どうもしっくりこなかったそうだ。


 8歳になった年に町にある学問所に通い始めて友人は増え、ティートからは学べない知識を吸収している。アニキ呼びもその一つだった。何ものにも惑わされずに綺麗なまま育てたい気持ちがある保護者としては悩むところではあるが、人界で暮らしていくうえで周囲に溶け込むことが大事なのは承知していた。


 学問所に通い始めた年に、ミーナは誕生日のお祝いを知った。ティートは誕生日も誕生祝いも概念としては知っていたものの、天界にはない風習の為にそれをミーナの為に行う事はしていない。人々に寄り添う天使とはいえ、彼はやはり人ではないのでそれが持つ意味を実感していなかった。


 ミーナが誕生祝いを知って、先ず思ったことは「お兄さんの誕生日をお祝いしたい」だった。


「ミーナに誕生日を祝ってもらったんですぅ」


 相変わらず泣きながらの報告である。


「お主に誕生日なんか無かろう」

「ミーナに聞かれた時に、とっさにミーナと出会った日付を答えました」

「ええぇ……」

「なので、俺の誕生日を祝ってくれた時、ミーナと俺との出会いも祝われたようで嬉しかったです」

「ずーるーいー。ワシもみーちゃんにお祝いしてほしいっ」


 ティートとミーナが出会った日は、当然ミーナと神との出会いの日でもある。それをティートだけが祝われるのは神として納得がいかない。地団駄を踏み手を振り回す神を、ティートは呆れたように見やる。


「ワシも!ワシもみーちゃんと出会った日を誕生日にするのじゃーっ!」

「あ、却下で」


 ティートにはとてもとても大事な日になったのだ。それを神と分かち合うなんでとんでもないとすぐさま断りを入れた。


「ミーナは神様の事なんて覚えてないですよ。ほんのちょっとの時間あっただけだし、あれから四年も経ってるし、そもそもあのころ4才だったんですし」


 確かに4才の子供が一度だけ会ったきりの神の事を四年後まで覚えているとは考えにくい。


 ◇◇◇


 ミーナが十歳の時のこと。


「ねー、兄さん、猫を飼ってもいい?」

「猫?」


 ティートは、そう言えばミーナの猫アレルギーはどうなったんだろうと考える。神がどうにかしてくれている筈なのだが、母親の為に猫アレルギーを直したいと言った彼女の言葉でその問題があやふやになってはいなかっただろうか。


「うん。リサちゃんのところの猫が子猫つくったんだって」

「つ……つくった?」

「リサちゃんがそう言ってた。ある日突然に子猫が4匹もやってきたんだって」


 ミーナはまだ十歳。当然、男女のあれやこれやは知らないしティートも教えていない。彼女にとっては、子猫は突然やってきたものという認識らしい。


「それでね、猫の赤ちゃんを見せてもらったの。すっっっごく可愛かった。兄さんが了承してくれるなら、一匹うちにくれるって」

「そ、そっか。俺は構わないけど、ミーナは猫をそんなに気に入ったのか」

「うんっ。赤ちゃんはまだ駄目だけど、他の猫ちゃんを抱っこさせてもらったの。ふわふわで柔らかくて温かくて気持ちよかった。尻尾でね、私の手をすりすりしてきたり、ザラザラの舌で舐めてくれたりしたの」


 ミーナの友人宅には複数の猫がいるらしい。

 抱き上げて触れ合ってアレルギーの症状が出ていないという事は、神はちゃんと彼女の体からアレルギーを取り除いてくれたのだろう。


(うん、けど、神様がうっかり忘れていて、成長したミーナの体が丈夫になっただけかもしれない)


 後日、定期報告時にティートが神にそう言うと「ワシがみーちゃんを治したんじゃーっ!」と、珍しくティートではなく神が泣き崩れたと言う。


 ティートは安堵した。

 大丈夫だろうとは思っていたが、猫と自然に触れ合えること、猫アレルギーであった過去が抜け落ちていることからジアス界で生きていた四年間の事はもう彼女の記憶から抜け落ちている。

 神が言うようにミーナからその記憶を奪えば、ことは簡単だったのかもしれない。だが、生まれ育った世界から無理矢理に切り離されてしまった少女から、更に何かを奪う事は憚られる。


 こうして成長とともに消えていくことを願ってはいたが、ティートはミーナから彼女の生きた証を無理やり消し去ることは、どうしても賛成できなかった。


 「猫、可愛いな」

 「可愛いよね、兄さん。あ、名前を考えなくちゃ!」


 ティートとミーナの家に、子猫という家族が増えた。


 ◇◇◇


 ミーナは15歳になって初めての恋をした。


 穏やかに下界で少していたティートと、健やかに成長したミーナ、それを見守る神の間に激震が走った。



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