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 最初は良かったのだ。

 神が自分の界に起こっている瘴気問題の話をしてミーナに助けてほしいと頼むと、ミーナは二つ返事で請け負った。


「みーちゃんがおてつだいすると、みんなよろこぶー?」

「おうおう。そりゃもう、喜ぶとも。ワシなんぞ、大喜びで踊ってしまうぞ」


 いや、そんなの誰も見たくないし。そんなティートの独り言は神には届かず、神はミーナに踊って見せている。深くため息をつくティートとは反対に、ミーナは手を打ってきゃっきゃと喜んでいるので、止める事も出来ない。


「あのね なさけはひとのためならず なの。しんせつとか いいことをしたら、やさしいきもちがグルングルンってまわって じぶんのとこにかえってくるって パパがいってた」

「そうじゃのう。優しい気持ちが皆に回って戻ってくるのう。みーちゃんのパパはいい事を言うのう」


 父親を褒められて嬉しくなったミーナは、にこにこと笑って頷く。


「でもね カメさんだけはダメなの。カメさんをたすけると おじーちゃんになっちゃうの。ママがいってたの。みーちゃんは おねえさんになりたいから カメはたすけちゃダメなの」

「え?ジアス様の界では亀を助けるとおじいさんになるの!?」

「ジアス界のみーちゃんがいた国の昔話じゃな」


 神がティートに浦島太郎の話をしたが、なぜおじいさんになってしまうのか納得はできなかったようだ。ただ、それは作り話であり、実際に亀を助けてもそのような呪いにはかからないとだけ理解した。


 そして、王様のいるお城でお姫様のように暮らそうと言われた途端にミーナは泣き出したのだ。


「み……みーちゃん?どうしたのかの?綺麗なドレスやキラキラした宝石がいっぱいじゃし、美味しいご飯とあまーいお菓子がいっぱいあるんじゃが、駄目かの?」


 神には自信があった。

 ティートの言う心を守るための市井の暮らしよりも、豪華な檻に入るような生活になるかもしれないが安全が保障されるお姫様のような暮らしの方が、きっと小さな女の子には好ましいと。


 ティートも意外に思った。

 安全の為に神が王家や教会を推すのは分かるし、女の子にはお姫様というのは憧れの対象であると思っていたからだ。


「お……おひめさま こわいの。おなかのなかみがゲーってでちゃうくらいギューギューにこるせっと?しめるの。おめめがこんなになっちゃうくらいに かみのけをひっぱって かためるの」


 おめめがこんなに――というところで、ミーナは目尻を人さし指でこめかみへと押し上げ、吊り目にして見せる。


「ママがいってたの。おひめさまは どくりんごたべて しんじゃうの。うみのあわあわになって きえちゃうの。あしたいたくて ちがでても おどりつづけるの。おちゃかいにでたら おちゃをバシャーってされるの。ぶとうかいにでたら あかわいんをバシャーってされるの。ざまぁしたり ざまぁがえししたり ついほうされたり しょけいされちゃうの」


 説明しながら感情が更に昂ったミーナの瞳から、まだ涙がこぼれる。


「みーちゃん おひめさま いや。でも、パパはみーちゃんはパパのおひめさまだっていうの。パパのおひめさまなら、パパがまもってくれるから だいじょぶなの」


「ジアス様の界ってコワイ……」


「いやいやいや、そうではない。みーちゃんの国に貴族制度も無ければドレス文化も無いんじゃ。今の話は古いのも新しいのもあるが、物語じゃよ。しかし、まあ、みーちゃんママは子どもに何を聞かせておるんじゃ……」


 ミーナの母も何も子供にトラウマを残そうとしたわけではない。ただ、常識人で思慮的な父親とは対照的に夢見がちであまり空気の読めないタイプだった。そして、そんな妻を夫は天真爛漫で可愛らしいと思って守っており、結婚後は更にその性格は助長されていた。

 つまり、ミーナがお姫様にこれほどの拒絶反応を示した理由は、その両親にあったのだと神は思う。


「お姫様は……無理そうじゃの」


 ミーナがこれほど嫌がっているのだ。無理を通せば気を病んでしまうかもしれない。どのみち、ティートは堕天してでもこの子供を守ると言うのだから、拒否して本当に堕天されるよりも任務として下天させた方がよいだろうと、神はティートに向かって頷いた。


 ティートは神の頷きの意味を察して喜色満面だ。


「ミーナちゃん、兄ちゃんがずっと一緒にいるからな」

「おにーちゃん?」

「そうだ。俺はミーナちゃんのお兄ちゃんだ」

「おにーちゃんなのー」


 泣いたばかりで赤くなっているミーナの目に治癒をかけ、ティートは抱き上げた。おにーちゃんの響きにうきうきしているティートの様子が神にはなんだか面白くない。


「さ、みーちゃん、ワシの事はおじいちゃまと呼んでくれんかの?」

「おじーちゃま?」


 心の赴くままに欲望を口にした神はおじーちゃまと呼ばれて相好を崩しており、ティートの可視化出来そうなほどに冷たい視線にも怯まない。


「みーちゃんは、このあとの事に何か希望はあるかの?お姫さまがいやなら無理にさせようとは思わんからの」

「きぼう?」

「むむ。希望と言う言葉は難しかったかの?うーむ。そうじゃな、こうなったらいいなぁというお願い、かのう。ワシは神様じゃからな、大抵の事は叶えてやれるんじゃ」


 ティートに対抗していい所を見せたい神は、胸を張ってミーナに希望を聞く。すると、ミーナはぱーっと顔を輝かせて願いを口にした。


「ねこあれるぎーは なおりますか!?」

「……猫アレルギー?」

「みーちゃんね、ねこあれるぎーなの。ママはずっとねこをかってたのに、みーちゃんのせいでおわかれしなくちゃならなかったの。ママのねこは、さとみおばちゃんのとこにいて えすえすえすで おしゃしんとか どうがとかみせてくれるの。けど、みーちゃんがねこあれるぎーなおったら、ママとみーちゃんとねこちゃんといっしょにあそべるの」


 死というものが分かっていない。

 浄化のためにこの界で暮らすという事を説明したが、それが家族との別離とは結びついていない。


 幼い少女の無邪気な願いは、神とティートの心を抉るような衝撃を与えた。




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