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「それじゃ!」
「どれじゃっ!?」
ミーナを守ると口にしたティートを神が興奮した様子で指をさすと、さされたティートは先ほどまでのキリリとした顔からドン引きの表情となった。
「そもお前さんを呼んだのは、あの子の守護を頼むためじゃ。光の天使の加護があれば教会も王家もあの子に悪くはせんじゃろう」
「守護は勿論……って、神様?王家だの教会だのってどういうことです?」
ティートが訝しげに問うと、神様はにんまりと笑って胸を張る。
「お前さんは儂を人でなしだの何だのと言うたが、ちゃーんと考えておるのじゃ。あの子の今までの記憶を消去し、儂自らが教会に光臨してあの子を大事に守ることがこの世界の平和のためだと一発ぶちかましてくるわっ」
どうじゃ、偉いじゃろ?褒めてもいいぞと言わんばかりのドヤ顔をしている神は、ティートの怒髪天を突破しそうな表情とこめかみの青筋には気付いていない。
「輪廻の輪から外しただけでは飽き足らず、記憶を奪い、自由を奪い、人としての幸せも奪うと言うのですか」
ティートの冷え切った声音で繰り出された言葉は、神の胸に突き刺さる。
「そ……それは穿ちすぎではない……かのぅ」
神は決してミーナの人生を暗いものにしたいわけではない。むしろその対極で、この界のために必要な事であったとはいえ輪廻から彼女を引きはがしたことを忸怩たる思いを抱いている。決してティートが言うような極悪非道な行いをしたいわけではないのだ。
「なんで怒ってるんじゃ。ワシはみーちゃんに傷一つ付けぬよう、穏やかで満ち足りた生活を送って欲しいだけなのに」
「浄化装置が壊れると困りますもんね」
「そうではないっ。確かに浄化のために強引に招いたことは認めるが、ちゃーんと責任をもってあの子の幸せを、じゃな」
「記憶を奪って?」
「まだ幼い子じゃ。成長するにつれどのみち忘れていくじゃろう」
「馬鹿言ってんじゃないですよ、クソッたれ。記憶と言うのは財産なんです。その人固有の替えの利かない宝なんです。成長によって失われて行くにしても、誰かに奪われていいもんじゃないんですよ、ウスノロ」
「じゃ……じゃが、記憶を持っていれば余計に苦しむし……」
言い募る神に向かって、ティートは首を振ってため息をついた。まるで、貴方は何もわかっていないと言わんばかりだ。
「神様が直々に、ミーナちゃんはこの世界を滅びから救うのだから丁重にもてなせと言ったらどうなると思います?」
「大事にされる」
「はっ」
鼻で笑うティートは、やはり神は神だ――人の心のことなど分かっていないと、だがそれも仕方のない事だと考える。天使は人に沿うものだけれど、神は界を守る者なのだから。
「替えの利かない浄化装置である彼女を、人間がどう扱うか?決して怪我をしないように煌びやかな檻に閉じ込めて、万が一にも病を得ることのないように人との交わりを最低限にされ、心を悩ます事の無いように周囲の者たちは彼女に逆らわず、本音で語り合うことの出来る友人すら作れず、喜びも悲しみも無く、満ち足りて幸せを感じることもなく、力が足りずに悔しくて泣くこともない。――それで生きているって言えますか?」
「よ……喜びや幸せはともかく、悲しみや悔しさなんぞ無い方がいいじゃろう」
「いえ、必要なんですよ、神様。それが人として生きているという事なんです。転んで痛みを覚えたり、悪戯をして叱られたり、失敗して凹んだりすることも大事なんです。冬の寒さを知らなければ春の温かさを有難く思う事も無いんです。――なので、下天しますから、俺」
「はい!?」
「下天して人界でミーナちゃんを守護します」
それが、ティートにとって『守る』という事だ。
「下天が許されなければ堕天します」
脅しとも取れるティートの言葉に、もしかしたらみーちゃんはお姫様のような暮らしをしたいと言うかもしれんし――と、神は抗弁するのが精一杯だった。
しかし、その苦し紛れの神の言葉を聞いて、ティートは言葉に詰まる。
確かに、小さな女の子にとってばお姫様と言うのは憧れであるのかもしれない。
「ほら、見てみい。この子の上等な服と栄養の取れている体、髪や肌の艶やかなこと。この子は決して貴族や王族の出と言う訳ではない。ジアス界は魔法がない代わりに技術が発展しておっての。この子のいた国は安全で豊かな国じゃ。極々中流の家庭で育っているこの子とて、へたをしたらこちらの貴族よりも食や環境では恵まれておったかもしれん。そんな世界で育った子なのじゃ、せめて王族に任せるか教会で大事にしてもらうかした方がいいと思わんか?なぁ、そうじゃろ?」
ティートが怯んだと見ると、これぞ好機とばかりに神は滔々と語る。
安全を第一に考えている神も、健やかな精神と人としての幸せをティートも、ミーナに良かれと思っていることには変わりないのだ。
神と天使とで話し合っていても埒が明かず、結局は昼寝から目覚めたミーナ本人に状況説明と今後どうしたいかを問う事となった。しかし、神は勝機を見出したと思っている。人の心に寄り添う天使であるティートが、ミーナはお姫様になりたいであろうと言った途端に矛を収めたのだから。
その結果。
「いやーぁあ。おひめさま、いやぁぁぁ」
昼寝から覚めて話を聞いたミーナは号泣。神、呆然。