ウズメとサルタ 其の①
月の光が二人の足元を明るく照らしていた。
「お疲れサルタぁ。これでまた人間たち、増えるかな」
だがサルタと呼ばれる大男は寡黙である。
「いつもながらつまんないヤツね。成り成りて足りないところと成り成りて余っちゃったところを合わせるのよ。神聖な儀式なんだからね。あたしたちのやってることはさあ、そのお手伝いをするって言うねえ、とっても大切なお仕事なんだよ? サルタぁ」
「ああ、言わずともわかっておる。オシホ殿から申し付けられておるのだ」
サルタと呼ばれる大男の左肩には小さな鞍が載せられていて、女はその鞍にちょこんと座っている。それは女のサイズにぴったりとフィットしていてまるで専用シートのようである。
「月がきれいね……」
男はちらりと夜空を見上げる。しかしやはり寡黙である。
「ホント面白くないヤツね。あんたあれだけあたしの裸見て何とも思わないの? あたしムラムラしちゃったわ。ね、儀式、しよ? いつもの大きさに戻ってよ」
どうやらサルタは体のサイズを自在に変えられるらしい。便利である。
「いい加減その銀の被り物外せば? あんたがさ、いい男だって知ってるのはあたしだけね。あ、ねえ、知ってる? 今夜、空で輝いているあれは本当はアマテラス様なんだよ。ツクヨミ様なんて始めっからいないんだよ」
「ウズメ、滅多なことを口にするんじゃない。お前は昔から口が軽い。ついこの間も邇邇芸命様のことでオシホ殿から大目玉を食ったとこだろうに」
「ええ? だってあの件はあたし間違ったことなんか言ってないって」
「たとえそうだとしてもだ、口外していいことと悪いことがある」
「だってあれってさ、アマテラス様もオシホちゃんも、もう高天に置いといたら碌なことしないから、表向きには天孫降臨とか言っちゃって、ちょうど出雲を平定するって話に乗じてね、下界へ向かわせたわけよね? あれホントはオシホちゃんの役目だったわけでしょう? 実質的には追放よ追放。だからつい言ってやったのよ。スサちゃんの時とおんなじことじゃないですかってね。そしたらいつもはおとなしいオシホちゃん、目を吊り上げて怒りまくりよ。だいたいあの一族はみんな問題児ばかりよ。イザナギ・イザナミ様から始まって、高天を支配している一族だからって何であたしら一般神にまで火の粉がかかるのよ。特に問題児はアマテラスちゃんよね。絶対病んでるって思うのよ。何でも自分が一番じゃないと気が済まないのよ。あんな上司いじけてずっと岩戸の中に閉じ籠っていればよかったんだわ」
ウズメの愚痴は止まらない。
「その辺にしておけ、ウズメよ」
サルタがさっとウズメの口の前に人差し指を近付けようとした。その途端にふわりと小柄な体を宙に浮かせる。ウズメと呼ばる女はどうやら宙を舞えるらしい。
続く