凶星――其の⑤ 死人遣い
答えは返って来ない。ただ生ぬるい風が我らの顔を撫でるように吹いておった。
「雷神殿、我らオロチは夜目が利きます故、しばしの間、闇を望みまする。あ奴は闇の中でしか見えぬ」
そう言うと、雷神たちの稲光は収まり、元の暗闇だけが残った。すると、盛り土の上に、周りの闇よりもさらに黒い姿がはっきりと目に入った。身なりはわからぬ。ただ人の形であることはわかった。手に……何か杖のような物をもっておる。
オフォフォフォフォ……
闇の中に、笑い声とも詠唱ともつかぬ、気味の悪い声が聞こえ、手にした杖の頭が青白い光を放ち、そ奴の姿が全貌を現した。頭巾から足まで一続きの黒い襤褸を纏っておる。そのような姿の者は、根の国はおろか、この葦原の中つ国にも、もちろん高天にもおらぬ。我は見たことがない。
再び奴の手にした杖の頭が青白く光り、その瞬間、被り物の中の顔がぼんやりと見えた。なんと、その両目は黒く窪み、鼻梁もなく、口は歯が剥き出しの、つまりは髑髏である。やはりこ奴も先ほどの奴ら同様、亡者の類であろう。
――その途端である。またしても我の身体がずんと重くなる。自由が利かぬ。
ふと気付けば、先ほどと同じ、汚穢のような灰が天よりはらはらと舞い落ちておった。と、その次の瞬間、突然、目の前に広がる幾箇所もの盛り土がさらに盛り上がり、まるで吐き出されるごとく、大勢の死人たちが土の中より湧き出して来た。
先ほどたたらの村内で見た黒い亡者達と同じであった。こ奴が怪しげな術を使い、亡者どもを生み出しておった主なのだ。しかし気付いたところでもうなすすべもない。
墓から這い出たおびただしい数の亡者どもは、わらわらとこちらに向かって来る。まただ。相手が悪い! このままでは先ほどの二の舞。
そう思った瞬間、大きな雷鳴が轟いた。八体の雷神たちであった。小さき雷神たちは手に持った、いかずちの杖を振りかざし、我らの上に雷雲を呼び出した。それと同時に無数の大きな雨粒が我らの周りに降り注ぎ、先ほどまで降っておった灰がきれいに洗い流されて行く。
稲妻が我の眼前の亡者たちの頭上に落ち、辺りが閃光に包まれた。我の薄く開けた目には、白き光の中に次々と燃え崩れ、黒い塵と化す亡者たちの様子が映っておった。
やがて閃光が収まる。だが向こうの盛り土の上には依然として黒い人影が見える。あれほどの激しい雷にすら奴は耐えたと言うのか。
そして我らに体の自由が戻った。十間(約十八メートル)ほどの隔たりがあったが、我らは瞬時に黒い単衣の者に切りかかる。確かな手応えを感じた。
しかしどこにも奴はおらぬ。忽然と消えてしまった。
急に背後が明るくなった。
「おーい、オロチさんたち、大丈夫かい?」
カグツチ殿であった。
「心配には及びませぬ」
「あんまり遅いから見に来たんだよ」
我は今起こった出来事をカグツチ殿に説明申した。
「ふーん、こっちが本体だったか」
「あれは何者でありましょうか?」
「わかんないけど、たぶん異国の仙人じゃないかな。死人を操る仙人だと思う」
「死人を……。あ奴も神でありましょうか?」
「そうだね、雷神たちの雷に撃たれても大丈夫なら、きっと神かそれに近い存在なのかも。でもたぶん邪神だと思う」
「何故奴ら、大国主治める大出雲ではなく、この奥出雲の地へと分け入って来たのか?」
「たぶんね、僕思うんだけど、ここがたたらの里だからじゃないかな?」
「つまり、武具の製造拠点であると?」
「その通りさ」
「つまりは計画的と」
「ああ、そうだね。着々と侵攻の準備をしているのかもしれないよ」
「それは一大事! 我はさっそく高天へと報告へ参ろう」
「今回は何とかここで食い止めることができたけれど、たたらの大建屋を燃やしちゃったのは失敗だったかなあ。僕もイザナミ様にお怒りを覚悟で報告に行くよ。もたもたしてる余裕はなさそうだね。出雲がなくなっちゃうよ」
続く