凶星――其の④ カグツチ
しかし我は体が石のように重くて思うように動けない。
この禍々しき灰のような穢れは、死者を蘇らせ、生者の力を奪う。あっという間に我ら八人、無数の亡者どもに取り囲まれてしまった。四方八方よりその黒い手が我らに延びる。
と、その時、たたら場の大建屋の方で、ドーンと言う大きな爆発音が聞こえた。
皆が音のした方を向くと、大建屋自体が真っ赤な炎に包まれておった。炉の種火が何かに引火したのか。いや、どうも違う。亡者どもが急に怯えるように我らから離れた。
すると、燃え盛るたたら場の中から、炎が人の形となり、ゆっくりこちらに向かって出て来ようとしている。そ奴は体からいくつもの小さな焔のつぶてをこちらに向かってばら撒きながら一歩一歩近寄る。
その様子は、まるで無限に湧き出す火の泉のようではないか。すると亡者どもが一斉に苦しみ出した。こ奴ら、火に弱いのだ。あっという間に亡者どもは、赤々と燃え盛る炎に包まれてのた打ち回り、黒いススとなり雲散霧消した。
「誰ぞ⁉」
我はその人型をした燃え盛る炎に向かって叫んだ。
「僕はたたらの炉に宿りし神だよ」
「火の神と申すか?」
「そうだよ。名を迦具土って言うんだよ」
「なんと、ヒノカグツチノミコトとな?」
「ああ、知ってるんだね」
「そなた、イザナギに切り殺されたのではないのか?」
「まあ、そうなんだけどね。あれはひどい話さ。僕が何したって言うんだ。ただ生まれただけなのにね。でも今は、常世のイザナミ様の命を受けて黄泉の国よりこのうつし世に舞い戻った、いわゆる黄泉返りってやつだね」
「そうであったか。とりあえず礼を申す」
「ああ、いいよ。母さ、いや、イザナミ様がね、あたしじゃない! あたしは何もしてないってお怒りなんだよね。あんたらもこの一件がイザナミ様のせいだと、どこかで思ったろ?」
「まあ確かに」
「違うし。濡れ衣だからね」
「それで貴殿がこちらへ寄こされたと。で、ではこの亡者どもはいずこより参ったものか」
「ああそれね、僕も詳しくは知らないんだけどさ、どうも、海の彼方らしいわ」
「海の彼方……」
と、その時、にわかに雷鳴が轟いた。
「ああ、遅かったね。雷神たち」
「雷神!」
我は天を仰ぐと、八体の一尺(約三十センチ)にも満たない、小さき雷神たちが手に手に稲妻を持ちながら宙に舞っておった。
「そう、彼らも僕と同じく黄泉の国よりイザナミ様の命を受けて遣わされたんだよ。黄泉の国でイザナミ様をお守りする八柱の雷神たちだよ」
「おお、黄泉の国より逃げ出したイザナギをその入り口、黄泉平坂まで追い詰めた雷神たちであるな?」
「そうだよ。知ってるんだね」
小さき雷神たちは頭上で閃光を発しながらくるくると舞っておった。目が眩みそうになる。
「ところでカグツチ殿、今少し、禍々しい気配が漂っておるようです」
「あれ、まだほかにもいるんだ。君、鼻がいいんだね」
「恐れ入りまする。これでも竜の化身でございますから」
「知ってる。母さ、いや、イザナミ様から聞いてる。ヤマタノオロチさんでしょ?」
「その名は後から付けられた忌み名でございます。ヤマタノは付けずに、オロチとお呼びくだされ」
「ふーん、君たちも訳ありみたいだね。まあいいや。じゃあ残りを片付けに行こうか」
「禍々しい気配は裏手の山の方より強く感じまする」
「裏手の山か……」
「いかがなされた?」
「僕ね、山はダメなんだよね。ほら火の神じゃない? 山火事になっちゃう。ここの大建屋も燃やしちゃったしさ、悪いけど君たち、この広い場所までおびき出してよ。雷神たちもいっしょに行かせるよ。おーい、雷神君たち、オロチさんの後について行ってくれない? 大丈夫、この子たち小さくてもとっても強いよ」
カグツチの言葉に従い、我らは裏手の山へと向かった。
八体の小さな雷神たちがふわふわと我らの頭上を舞っておった。雷神たちは、時折、その小さい体に見合わない強い光を放ち、その度に暗闇の中で木や草が白く光り、我らの行く先を照らした。
しばらく山道を登ると少し開けた場所に出た。どうやら禍々しい気配はここからのようである。
辺り一面、小さな盛り土が見えた。そこはたたらの村の埋葬地であった。
雷神たちが光るたびに、いくつもの盛り土がその陰影を際立たせておった。しかし夜目が利く我らにとってその閃光はまばゆ過ぎて、逆に目が眩む。
と、その時、一瞬、何かが動いた。奥の一番大きな埋葬墓の盛り土の上である。辺りの暗闇よりもっと暗い何者かが確かにそこにいた。その時、雷神の閃光が光る。その途端、そやつは消えてしまった。再び辺りが闇に閉ざされると、またその場所に、漆黒の人の形をした何者かが姿を現した。奴は、光の中では見えないのであろう。
「何者か? 答えよ! そこにおるのはわかっておるぞ」
続く