凶星――其の③ 穢れ
どうやら気付かれたか。
我ら八人は一斉に武器を構えた。ところが、あ奴らは事も無げに再び屍を貪りだした。我の存在に気付いてはおらんのか、あるいは我らの存在など意に介すようなことではないと言うのか。
一つの考えが浮かぶ。こやつらは黄泉の国の亡者ではない?
もしイザナミ率いる黄泉の国の亡者であるならば、他の亡者や屍を喰らうなどと言う話は聞いたこともない。では一体何者だと言うのか。
我は刃を向けて少しずつ間合いを詰める。
その距離おおよそ三間半(六メートル強)。飛び掛かれば十分に倒せる間合いである。
ただ、あ奴らがどのような戦法を使うのか皆目見当もつかぬ。
こちらの出方を窺っておるのやもしれぬ。しかもこの場にいる相手は目視できるだけで十数体にも及ぶ。
そのほかにも禍々しい気配を感じるので多数潜んでおるに違いなかろう。こちらは八人である。数の上では圧倒的に向こうが有利。
しかし、今、目の前で罪もない民たちが襲われているのを見過ごすわけにはいかぬ。臆している場合ではない。
と、その時、「兄者! 気を付けなされ」と後ろで声がしたかと思えば、ヒュン、と言う音と共に我のすぐ横をかすめて続けざまに二本の矢が前方に向かって飛んで行き、一心不乱に屍に喰らいつく亡者の背中にトントン、と見事突き刺さった。
あれは六の二連撃ち。我の背後三間半のところに六がいる。六から目標までは七間(約十三メートル)はあろうか。六は弓の名手である。目にも止まらぬ速さで二撃を繰り出し、二本共みごと同じ所に命中させたのだ。
ところがその亡者は背中に二本の矢が刺さっているにもかかわらず、まるで何事もなかったように屍を喰らい続けておる。何と言うことか! 奴には痛手もないと言うのか。
「兄者、あれらは尋常ではござらぬ。気をつけ召されよ」
すぐ横にいる三が言う。もちろん我は注意を怠らぬ。次の瞬間、矢を受けた亡者が背中の矢もそのままにすくっと立ち上がりこちらを振り返る。
すると今まで屍を喰らっておったすべての亡者どもがゆっくり立ち上がった。
あちらが動き出すよりも速く、我らは一陣の風となり、一斉に切りかかる。速さではこちらが圧倒的に向こうを凌いでおる。
亡者どもはあっけないほど容易く、ただ切り伏せられてその場に崩れ去った。なんと他愛もないことか。
しかし辺りに漂う禍々しい気配は消えぬ。
我は周囲を見回す。そして暗い天を仰ぎ見た時のこと。何やらはらはらと舞い落ちる無数の小さき物――雪? いや違う。
辺りの気は生温かく纏わりつくほどに湿り気を帯びておる。そして雪の色ではない。もっと薄汚れた灰色の、と言うよりもこれは灰であろう。
無数の灰が漆黒の天より舞い落ちる。我らの真白き衣装にも肌にも次々と落ち、それらは不浄の染みを作る。
――穢れである。
イザナギが黄泉の国から逃げ返って、川で洗い落とした、穢れである。穢れは、脱力感となり我らに襲い掛かる。まるで力を何かに吸われるようである。辺りにはより一層、禍々しさが漂い、あまりに酷いにおいで鼻がもげそうになる。
それだけでは留まらず、恐ろしいことが起こった。
汚穢のような灰は、つい今しがた切り倒した亡者の上にも舞い落ちる。すると驚くべきことに、亡者たちが再び動き始めたではないか。
手や足や中には首すらない亡者までがゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって歩き出した。
そしてもっとも我々を驚愕させたことは、先ほど散々亡者どもに喰われた村女までが起き上がったことだ。もちろん体のあちこちが欠損したままで、やはり我らの方に向かってずるずると這い寄って来るではないか。
続く