凶星――其の② 惨劇の夜
スサノオのオロチ討伐劇が浸透している出雲の中にあって、古より敵役の我らを守護神と信じて疑わぬたたらの長老がわざわざ訪ねて来たのだ。
我らは長老の呼びかけに応じた。そして初めて村に起こっている奇妙な事件を知ることとなった。
もちろん我らには関係のないことであるが、降りかかる火の粉は払わねばならない。
真偽を確かめるべく、我らは急いで村へと急いだ。足の遅い村人たちより一足も二足も早く、我らは村の入り口へと到着した。
2 惨劇の夜
村に着いた頃には日も暮れて、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。
村の入り口にはその両脇に数本の桃の木が植えられている。うす紅色の花が今を盛りに咲き誇っていた。おそらくそれはここに住む民たちが魔除けの思いを込めて植えた木であろう。しかしそれらは効果を発揮しているようには思えない。
その時、村の中から何やら大きな叫び声が聞えた。
桃の花よりもずっと強い血の匂いがここまで漂って来ている。我らは慌てて村内に入った。
そこで目にしたものは、道に倒れた幾人もの村人の変わり果てた姿であった。長老の報告通りである。どの遺体も手や足や首や胴体までがばらばらに千切れて四散していてあまりに惨たらしい有様であった。それも鋭い刃物などで切られたものではない。まるで、猫が、捕らえたネズミをおもちゃにするかのように、人の何倍もある生き物が捕らえた人をいたぶり殺したような感じを受けた。はて一体何人の死骸なのかもわからぬ。
しかし少なくとも我らの感覚は人の何倍も鋭いはず。そう大きくない村に、大きな人喰い動物が跳梁跋扈しておればわかりそうなものだが、そのような気配はない。
ただもっと小さく醜悪で、何か毒念のようなものを感じる。我ら八人、それぞれ気配を消したまま、周囲に警戒を怠らず、四散して村内深く分け入って行った。
日が落ちた後の村は薄暗く、おかしなことにどの家も灯りが消えている。
村民たちは皆どこかへ行ってしまったのかと危惧した時、奥の方から何やら人の気配らしきものを察知した。我らは速やかに気配のする方に向かった。目の前には立派なたたら場の建屋が見える。しかし熱気を感じない。何百年に渡って、このたたらの炉の火が消えたことなどなかったはずだ。
とその時、たたら場の裏手の方から女の悲鳴が聞こえた。速やかに向かうと、信じられない光景を目にする。一人の、おそらく先ほどの叫び声の主であろう女の体に何体もの黒い魍魎どもが取り憑いておった。
――喰っている。すぐにわかった。
何体もの黒い魔物は、我らの存在にも気付かず、皆狂ったようにその屍にむしゃぶりついていた。ある者はちぎれた腕を咥え、ある者は太腿に喰らいついてその肉を喰いちぎろうとし、ある者は腹に噛みついて腸を掻き出そうともがき、そしてある者はその御ホトに顔を埋めている。
辺りに血と臓物の入り混じった濃い臭気が漂っていた。
しかしその黒い者達からは生気が感じられない。直感的に、こやつらはこの世の生き物にあらずと感じた。おそらくは、黄泉の国の魍魎たちであると推測する。
黄泉の国と言えば、出雲ではイザナミ治める地下世界、つまり死者の世界のことである。
我らもスサノオ降臨以前より、すべからく出雲の山河を治め守りし者。されば、現世と死者の国との境目にある黄泉比良坂にも不穏な動きはないかと、目を光らせて来たが、イザナギが黄泉より逃げ返りし際に入り口を塞いだ千引きの大岩もそのままに、そこから何かが抜け出した形跡はない。
とすれば、こやつらは黄泉の国の亡者どもではないのか?
各々の背丈はおおよそ四尺(約百二十センチ)もないものと思われた。
と、その時だ。複数いた食屍鬼の一体が、血まみれの腹からゆっくり顔を上げ、こちらの方を見た。黒く小さな顔に、その目だけが白く光っている。どうやらこちらに気付いたようだ。するとたくさんいた仲間たちが一斉に顔を上げ、こちらを見た。
続く