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06 新たな従者

 闇夜を横切る影が1つあった。――いや、正確には2つ。漆黒の翼を広げる不吉な影と、光を振りまく小さな羽。


 影は眼下に砦を捉えると、翼をすぼめてクルクルと舞い落ちた。ムーンサルト(後方2回宙返り1回ひねり)だ。


 ピタリと揃えた両足が砦の見張り台を捉え、指先までピンと伸びた両手が空に向かって広げられた。見事な着地に、傍らの妖精がパチパチと小さな手を叩く。


「なっ! 何者だ!?」


 突然飛来した影に、見張りに従事していた騎士が振り返った。


 備え付けられたたいまつの炎が、うっすらと影を浮かび上がらせた。背中に伸びる蝙蝠こうもりのごとき翼に、頭に伸びる山羊やぎのごとき角――。


「魔族か!」


 申し訳程度の布に覆われた小さな体には起伏がなく、明らかに少女のそれだが、魔族は見かけ通りの年齢とは限らない。騎士は剣を抜いた。


「おのれ! 魔石を奪いに来たか!」


 魔族は返事の代わりに、ニッコリと微笑んだ。


「ゴメンね、ちょっと眠ってて」


 蛇を思わす縦長の瞳孔が爛々と輝いた。


「【範囲睡眠エリアスリープ】!」


 小さな体から発せられた魔力のウェーブが、砦を越えて“魔石の泉”全体を覆った。

 見張りの騎士はもちろん、監視砦の中の騎士も、帝国ダキオンへと続く谷の入口で天幕を貼る騎士たちも、バタバタと倒れて眠りについていく。

 その中には、シャルミナと監視砦の隊長コンラッドの姿もあった。


「リーゼって、都合悪いとすぐ眠らすよね」


 妖精ウィンディーネがケタケタと笑った。


「だって、説明するの面倒くさいもん」


 血の気のない白い頬が、ぷっくりと膨らんだ。魔族の姿となっても、顔立ちと仕草はリーゼと変わらない。


「ほら、行くよ。さっさと終わらせて、こんな恥ずかしい格好おしまいにするんだから」


 軽やかなステップをつま先で踏むと、魔族の少女は“魔石の泉”へ向かって空を滑り降りていった。



  ◆  ◆  ◆



 月のない夜だというのに、“魔石の泉”の底に敷き詰められた魔石たちは、星の光を反照して静かな光を放っている。多彩に輝く魔石には、それぞれの色に固有の魔力があり、代表的なものでは赤は火の魔力を、青は水の魔力を秘めている。


 “魔石の泉”のほとりに立った魔族の少女は、両手を仰々しく天に向けて命じた。


「魔王リーザが命じる! 従者グレープよ、ここに出でよ!」


 ギャオォオオォォォォォン!


 常人が聞けば身がすくむほどの威圧的な咆哮と共に、リーザの背後に巨大な光の門(ゲート)が開いた。

 のっそりと、3階建ての監視砦を遙かに超える巨体が姿を現す。


 魔王リーザの第1の従者である、業火の精霊(ヘルサラマンダー)のグレープだ。

 その見た目はまるで肉食恐竜であり、体は紫色の鱗で覆われている。


 妖精が悪戯っぽく、リーザの周りを跳ねた。


「なになに? どうしたの? まるで魔王みたいな口ぶりになっちゃって」

「いいでしょ、誰も見てないんだから。ちょっとやってみたかったの!」


 血の気のない頬が赤く染まって、ぷっくりと膨らんだ。


「アハハハ! 魔王が魔王の真似ごとっておっかし~っ!」

「も~っ! 笑ってないで教えてよ。こっから、どうすればいいの?」


 妖精は、堪えきれない笑いを漏らしながら答えた。


「プククク……簡単だって。グレープは食べた“闇の大穴”を吸収してるから、吐き出させればいいのよ」

「……合成した魔物を分離すればいいってこと?」

「そうそう、そんな感じ」

「わかった、やってみる!」


 魔王は大きく息を吸うと、“魔石の泉”を指さした。


「従者グレープよ! その身に取り込んだ“闇”を吐き出し、“魔石の泉”を満たせ!」


 グエェェエェェェェェェ!


 胸が悪くなるような呻きを上げると、巨大な蜥蜴トカゲは腹ばいになり、鋭い歯が並ぶ大口を開けた。


 ウゲェエェェェェェェ……。


 紫色の吐しゃ物が、ドバドバと滝のように“魔石の泉”へ流れ込んでいく。


 うわぁ……。リーゼはちょっと引いた。遠足へ行くバスで乗り物酔いになって吐いちゃう子がいたけど、そんなレベルじゃない。こんなのバスで吐いたら、あっという間に埋まっちゃう。


 ゲロゲロゲロゲロ……ヴエェェエェェェ……。


 リーザの体ほどもあろうかという冷酷な肉食恐竜の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ゴメンね、苦しいよね」


 小さな手でゴツゴツとした頬をさするが、気休めにもならない。


 業火の精霊(ヘルサラマンダー)の巨体が、ぐじゅぐじゅの紫の物体を吐き出すにつれて小さくなっていく。――やがて、“魔石の泉”が半分ほど満たされたところでゲロは止まった。


 妖精が腕を組んで、満足そうに頷いた。


「うんうん、縁のところの魔石が見えてるけど、上出来じゃない? 魔力の高い魔石は底の方に集まってるし」

「だね」


 力尽きたように、二回りほど小さくなった業火の精霊(ヘルサラマンダー)が巨体を横たえた。と、同時に、紫の吐しゃ物が海坊主のように隆起して、こちらに頭らしき部分をもたげる。


「名前はどうすんの?」

「ん……どうしよっかな……。ゲロリンはあんまりだし……プヨプヨしてるから……プヨン……かな」


 ピィィィィィィィィィ!


 紫の吐しゃ物が身震いしながら発光すると、どす黒い紫色だった体がパステル調のポップな紫色に変わり、切り分けたスイカみたいな半円の口と瞳孔のない楕円の目が2つ現れた。


 あれ? ゲロのくせにちょっとかわいい?


「プヨンよ! お前の使命はこの“魔石の泉”を護ること! ただし、人も魔物も傷つけちゃダメ! よいな!」


 ピピィィーーーーーッ!


 魔王リーザに第2の従者――リーゼにとっては第3の従者である、地獄の液魔(ヘルスライム)のプヨンが、飛び跳ねながら忠誠を誓った。

次回更新は、5/28(日)に新作長編をアップする予定です。


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