05 争いを止めるには?
リーゼが聖堂の地下にある小部屋へ行くと、エリオとディツィアーノが頭を下げた。狼獣人のウォルフはいつものように部屋に入らず、扉の前で耳をピクピクさせながら辺りを警戒している。
「学園へ来るなんて珍しいね」
「総騎士団長バルロイ様の依頼で、“魔石の泉”の監視砦から届いた知らせをお伝えに参りました」
「……嫌な予感しかしないんだけど?」
「残念ながら……お察しの通りです」
暗い面持ちから動揺しないように気構えたリーゼだったが、エリオの口から告げられたことは想像をはるかに超えていた。
「隣の国が攻めてきた!? なんで!?」
「“魔石の泉”を奪うつもりです」
「奪う!? 泥棒なの!?」
「“闇の大穴”がなくなったことで、国境での小競り合いが表面化したのです」
エリオの横で、微笑みを絶やさぬ司祭がため息を吐いた。
「帝国ダキオンは、小国のネイザー公国とは比べものにならないほどの国力と軍事力を持っておりますからな。“魔石の泉”を奪うぐらい容易いと判断したのでしょう」
「私が……“闇の大穴”を浄化したせいで、争いが起こったってこと?」
「おぉ! リーゼ様が気に病むことではありませぬ! 争いは人の業なのでございます。魔族を退けたら隣国が攻めてきた、ただそれだけのことにございます」
「それだけって……」
リーゼは言葉を失った。自分の行いがきっかけで国と国の争いが起こるなど、わずか11歳の少女に想定出来るはずもない。
「これから……どうなるの?」
「むぅ……」
言葉を詰まらせたディツィアーノの代わりに、エリオが答えた。
「シャルミナ様は国境で一歩も退かぬ構え。明日の朝、開戦となれば無事では済まないでしょう」
「そんな……」
「それだけではありません。帝国との戦いでネイザー公国が疲弊すれば、北のルクシオール王国も攻め入って来かねません」
「そうなの!?」
ディツィアーノが頷いた。
「あり得ますな。西の帝国ダキオンと、北のルクシオール王国の挟み撃ちに遭えば、小国のネイザー公国などひとたまりもなく……」
「ダメ! そんなの絶対にダメ!」
「では、従者であるアカべぇ殿とグレープ殿を北と西に差し向ければよろしいかと。あのお方たちであれば、数千の軍勢であろうと退けるでしょう」
「う……それもダメ。アカべぇたちが人を傷つけるなんて……絶対にダメ……」
「おお……真の天使様のなんと慈悲深いことか……」
ディツィアーノは法衣の懐から書を取り出し、羽の筆で何やら書き留め始めた。
「エリーゼ様は人の姿でおっしゃられた。人を傷つけたくないと……。圧倒的な武を誇る従者を持ちながら、その行使を拒むのであった――」
またその記録? やめて欲しいんだけど? と思ったが、今はそれどころではない。
「どうすれば、争いを止められるの……」
キャハハハ! と甲高い笑みがいきなり響いた。小さな【ゲート】がリーゼの肩口に開き、金色の光が飛び出す。
「ウィンディ!」
妖精はくるくると光をまき散らしながら辺りを舞うと、リーゼの黒くて大きな瞳の前で止まった。続けざまに小さな胸を張る。
「そ~んなこともわかんないの? 簡単なことじゃない!」
「えっ!? どうすればいいの!? 教えて!」
「まったく……すっかりヒトの策略に巻き込まれちゃって……。いつか……本当に殺されちゃうよ?」
「……わかってる。けど、シャルミナが傷つくのはダメ」
「……肩入れしちゃったか……仕方ないなぁ」
妖精は、人差し指を立てながら小首を傾げた。
「“闇の大穴”を浄化したことで争いが起こったんなら、また“闇の大穴”に戻しちゃえばいいのよ」
「え……」
長いまつげが、ぱちくりと上下した。“闇の大穴”に戻す? どうやって?
男2人も理解出来ずに、妖精の背を見つめて固まっている。
「あの姿になれば出来るって。恥ずかしくてなりたくないあの姿に」
「あ……」
魔王になれってこと?
申し訳程度にしか布で覆われていない、扇情的なあの姿を思い起こして、黒い瞳の下の白い頬が真っ赤に染まった。
次回更新は、5/7(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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