表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/129

03 帝国の聖女

 “魔石の泉”へと続く谷の半ばで、帝国ダキオンの数千の騎士たちと、ネイザー公国の数百の騎士たちがにらみ合っていた。戦端が開かれれば、ネイザー公国の騎士たちは一方的に蹂躙されたはずだが、帝国ダキオンの若き皇帝はそうしなかった。ネイザー公国の騎士軍を、王族であるシャルミナが率いていたのだ。


 若き皇帝はシャルミナの求めに応じて、交渉のために用意された天幕に入った。


「久しぶりね、ジークムンド。あなたの成人の祝いに招かれて以来かしら?」

「これは……驚いた……」


 兜を取ったシャルミナを見て、ジークムンドと呼ばれた若き皇帝は目を見開いた。腰まで伸びた銀の髪に、血の気のない白い肌――。目の前にいるネイザー公国の姫は、以前会ったときとはまるで違う容姿をしていた。銀白の鎧に身を包んだその姿は、いかにも聖騎士といった佇まいだ。


「天聖教会の儀式を受けて聖騎士となったと聞いたが、本当だったか」

「急いだのよ、聖騎士となることを」


 シャルミナから寂しげな笑みがこぼれた。自らの若さを悔いても仕方がないが、愛しい妹であるアメリアや、リーゼ様のような慈悲の心を少しでも持ち合わせていれば……と思う。


「立ち話もなんでしょう? どうぞお座りください」


 シャルミナに手招きされ、ジークムンドは天幕の中央に置かれた椅子にどっかと身を預けた。そのまま無造作に、組んだ両足をテーブルの上に投げ出す。黄金に輝く鉄靴ブーツの靴底が、シャルミナを踏みつけるように向けられた。


 礼を欠いた振る舞いに、シャルミナの背後で控えていたネイザー公国の騎士たちがいきり立ったが、監視砦の隊長コンラッドが片手を伸ばして制した。


 不穏な空気が漂う中、シャルミナが何事もなかったかのように席に着いた。

 兜をテーブルに置いて顔を上げると、ジークムンドの後ろに並ぶ帝国騎士の間から、小柄な女が現れた。

 女はジークムンドの肩に手を置くと、寄り添うように立った。


「その方は?」

「我が国の結界を司る聖女、ミラベルだ」

「あなたが――」


 魔族の進軍を阻む結界を、帝国ダキオン全土に施したとされる聖女――。もっと年を取った司祭かと思っていたが、まだ少女の面影が残る17ぐらいの娘だ。


 シャルミナの視線に気づいたのか、聖女は腰まで伸びた薄紫の髪をかき上げて、悪戯っぽく微笑んだ。長いまつげと目尻の下がった瞳が印象的で、桃色のリボンがあしらわれた白いローブに身を包んでいる。


 聖女は大して豊満でもない胸をジークムンドの腕に押しつけると、甘い声を出した。


「もう、ジークってばぁ、こんなまどろっこしいことしてないで攻めちゃいましょうよぉ。7色の魔石でネックレスを作るんだからぁ」


 満更でもないように、ジークムンドが白い歯を見せた。


「フッ……それはさぞかし、そなたに似合うであろうな」

「でしょお?」


 ――まさか、そんな理由で軍を進めたのか? 目の前で公然とイチャつく2人の姿に、シャルミナは混乱した。


 ジークムンドの目が鋭さを取り戻し、シャルミナを見下すように睨んだ。


「シャルミナ姫よ、軍を引け。我が国は戦いを望んでいない」

「武力にものを言わせておいて、よく言う」

「“魔石の泉”には、大粒の魔石が数知れぬほど眠っていると聞く。ネイザーごとき小国には過ぎたものだ、渡せ!」

「……我が国は確かに貴国に比べれば小さい。だが、“闇の大穴”の脅威から世界を守ってきたという誇りがある。戦わずして譲るつもりはない」

「安心しろ、占領後も適正な価格で魔石を供給してやる。領土とはいえ辺境の岩山1つ、こだわることもあるまい?」

「“魔石の泉”は今や我が国の聖地だ。譲るつもりはない」

「聖地? ――まるで、天使でも現れたかのような口ぶりだな?」


 碧い瞳が射貫くようにシャルミナを見定めた。天使エリーゼが降臨したことはゴラン王によって箝口令が敷かれている。だが、確証のない噂となって伝わったのかもしれない。

 シャルミナは顔色を変えずに、笑みさえ浮かべて答えた。


「天使などと戯れ言を……。私が聖剣にて浄化した故に、聖地となっただけだ」

「もーっ!」


 聖女がふくれっ面を作った。


「ゴチャゴチャ言ってないで、降伏なさいよ! 歯向かったらみんな死んじゃうのよ!?」

「聖女殿、“闇の大穴”と戦ってきた我が騎士たちを見くびらないことだ。皆、国を護るためであれば、死兵となって一歩も退かぬ」


 シャルミナの背後で、騎士たちが戦場であるかのような殺気を放った。睨みつけられた聖女ミラベルは、「ひっ」と声を漏らしてジークムンドの背に隠れるしかなかった。


「やれやれ、たかが岩山の為に命を捨てようとは愚かな……」


 ジークムンドは組んだ足を解いて、立ち上がった。


「聖騎士になりたがりの跳ねっ返りだと思っていたら、ずいぶんと肝が据わったものだ」


 テーブル越しににじり寄って、鋭い眼光をシャルミナに浴びせる。


「お前の首を、ゴラン王に届けてやろうか?」


 端整な顔立ちの口元が蛇のように歪んでいた。油断すれば飲み込まれる――これは、血に飢えた征服者の顔だ。


 シャルミナは、銀の目を逸らすことなく答えた。


「私が死んでも、我が王は一歩も退かぬ」


 黒いマントが翻った。


「――明日の朝まで時間をやろう、頭を冷やすがいい」


 若き皇帝と護衛騎士たちが去って行く。イーッと歯を見せて、子供じみた怒りを見せる聖女を連れて。



  ◆  ◆  ◆



 キィーン! キィーン! キィーン!


 鍛冶の街ロアンに、一際甲高いハンマーの音が響いていた。


 鍛冶屋ギルドから響くその音の主は片目で、しわが刻まれた顔に似合わぬほど両腕は太く、鍛えられていた。

 やっとこを構える老鍛冶屋が尋ねた。


「いいんですかい? 交渉をシャルミナ嬢ちゃんに任せて」


 男はハンマーを振る手を止めると、ふぅと息をついた。その目はどこか遠くを見ていて、清々しささえ感じられる。


「戦うも、退くも、国の未来のことだ。次代の王が決めればよい」


 そう言うと、ゴランは再びハンマーを振るった。


 ピキィーン!


 澄んだ打撃音が響いた。まるで、鍛冶屋の頂点と崇めるリームが振るったかのような迷いの無さだ。

 オイゲンは、もう何も言うまいと頷いた。

次回更新は、3/19(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n8373hl/

↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。

どちらも読んでもらえるとうれしいです。


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 応援して下さる方、ぜひとも

 ・ブックマーク

 ・高評価「★★★★★」

 ・いいね

 を、お願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ