01 魔石と聖石
「ウンムムムムムゥゥゥ……」
開いてるんだろうけど閉じてるようにしか見えない偽りの微笑みを携える司祭が、口端をピクピクさせながら教壇の上の魔石に念を込めている。魔石は簡素な飾り台に置かれていて、大きさは小指の先ほど。窓から差す光の反射で光彩を放っているが、自ら発光していないので輝きは鈍い。
「ングゥアアァァァアァァァ……」
上気している額に青筋が浮かんだ。
「ハアァアァァァァ! 聖回復ゥゥゥ!」
気張った割りには弱々しい輝きではあったが、幾筋かの金色の光が両手のひらから放たれ、魔石に宿った。
(えっ!? 聖魔法を使った!?)
教室の最後尾近くの席でアメリアと並んで座っていたリーゼが、思わず頬杖を解いた。
ディツィアーノは聖魔法が使えず、「聖……回復」と間を開けて唱えることで、普通の回復魔法を聖魔法であるかのように偽っていたはずだ。
乱れた息を整えながら、ディツィアーノは生徒たちに向き直った。
「いかがですか? 以前と違い、魔法の輝きが金色となったでしょう? 私のように真のエリーゼ様への信仰が深まれば、魔法は正しき輝きを放つようになるのです」
“真の”のところの声が大きくなっていたのは言うまでもない。
生徒たちから拍手が起こった。20人ほどの幼い女生徒たちが、羨望の眼差しを向ける。特に大きな拍手をしているのがアメリアだ。「真のエリーゼ様」が誰を指しているかを知るアメリアは、ディツィアーノへの賛辞を惜しまない。
はぁ……と、リーゼが大きなため息をついた。
これまでことごとく邪魔をしてきた(らしい)偽りの微笑みの司祭は、今やエリオの従者であり、天聖教会の情報を伝える間者となった(らしい)。それほど“闇の大穴”の浄化において天使エリーゼを目の当たりにした衝撃は大きかったのだ。
その司祭がつかつかと、リーゼとアメリアの側に歩んでくる。リーゼは「うわ、来た」とばかりに顔を背けたが、アメリアはニコニコ顔で迎えている。
司祭はアメリアの傍らに立つと、金で彩られた黒いローブの懐から、先ほどと同じ大きさの魔石の首飾りを取り出した。
「聖少女様、聖魔法の込め方はおわかりになったでしょう。この魔石に聖魔法を込めて、皆に手本をお示し下さい」
「私が……手本を?」
「恥ずかしがることはありません。ネイザー公国を救う助けとなったあなた様なら出来ます。さぁ!」
アメリアがチラッとリーゼを見た。
「アメリアなら出来るよ。どんどん聖魔法が強くなってるもん」
「ほほぅ……真のエリーゼ様への信仰の表れですね」
“真の”が大げさに強調されていたが、リーゼは無視した。
「うん、やってみる!」
小さな両手が、机の上に置いた首飾りに向かってかざされた。
「聖……」
手のひらだけでなく、アメリアの全身がぼうっと金色の光に包まれていく。
「回復!」
可愛らしい声が精一杯張られ、金色の光が魔石に放たれた。その量は、先ほどのディツィアーノの比ではない。
「おお! 素晴らしい!」
ディツィアーノだけでなく、教室の女生徒たちも「わぁ」と感嘆の声を上げた。
アメリアが聖魔法を込めた魔石は、教壇に置かれた魔石の何倍ものまばゆい輝きを放っている。
「さすが、聖少女様。真のエリーゼ様からの寵愛の賜物ですね」
「はい!」
くどいようだが、“真の”が大げさに強調されている。
「私もあやかりたいものです……」
ディツィアーノは視線をさりげなく隣の席に移すが、目当ての少女はふぃっと窓の外を見た。
ディツィアーノは構わず続けた。
「このように聖魔法が込められた魔石は、特別に聖石と呼びます。覚えておくように」
「はーいっ」と女生徒たちが元気に返事をした。
「それでは、そこの商人の娘も聖魔法を込めてみなさい」
「えっ?」
リーゼが向き直ると、机の上には一際大きな魔石の首飾りが置かれていた。魔石を留める銀の金具と鎖に飾りはなく、取りあえずつけただけといった感じだ。
「おっきい……」
アメリアが目をパチクリさせた。それもそのはず、魔石は赤子の握りこぶしほどもある。
「“闇の大穴”――いえ、“魔石の泉”より産出された一番大きな魔石です。特別にこの魔石に念を込めることを許しましょう」
「……何で私がやんなきゃなんないの?」
「聖少女様と同じく、先の戦いの一助となったのでしょう? その褒美ですよ」
黒髪の少女の白い頬が、ぷくーっと膨れた。不服そうな半目でじとーっと睨む。
「そんなこと言って……聖魔法使えないって知ってるくせに」
「おぉ……試みもせずに諦めるとは……。何という浅い信仰心……」
ディツィアーノは大げさに天を仰いだ。
「そんなことでは、いつまで経っても聖騎士にはなれませんよ。所詮、商人の娘ですね」
教室中が残念な空気に包まれた。中には鼻で笑う娘もいる。シャルミナが改善しようとしているが、まだまだ身分の違いによる偏見は根強かった。
「その魔石に聖魔法が込められるまで、肌身離さず持っていなさい!」
そう言うと、ディツィアーノは教壇へ戻っていった。
(なんだ、私たちに魔石を渡したかっただけか。ずいぶん手の込んだことして……)
光のない魔石をつまんで眺めながら、リーゼはまたため息をついた。
「リーゼが本気出せば、伝説級の聖石が出来るね!」
アメリアは無邪気に金色の髪を弾ませている。
「そう?」
「絶対そうだよ! だって……ね」
リーゼがエリーゼとなって聖魔法を込めたらどうなるのか……。アメリアはそんなことを考えてワクワクしてるに違いない。
――伝説級かぁ。
クスッと笑みがこぼれた。
――そんな聖石より、アメリアの瞳の方がずっとキラキラしてそう。
リーゼは仲良しの少女を見つめながら、そんなことを考えていた。
お休み3ヶ月!
ようやく「転生少女の七変化」を再開しました!
次回更新は、2/12(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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