68 その後の顛末 その3
リィンが席に着くと、シャルミナの注文したアイスクリームを持って、店主のミシェルが現れた。
アイスクリームはフルーツと一緒に、ガラスの皿に盛られている。気泡が入って透明度の低いガラスだが、清涼感を与えるには十分だ。
「ありがとう」
シャルミナが柔らかな笑顔をミシェルに向けた。店主に礼を言うなど、リーゼに命を助けられる前では考えられない振る舞いだ。
ミシェルも会釈を返すと、リィンに注文を聞いた。
「いかがいたしますか?」
「私は剣の化身だから食べられないの。ゴメンなさいね」
「かしこまりました。ごゆっくりしてください」
返答を予期していたのか、ミシェルは目を伏せたまま店の中へと去って行った。
「あなたの体も食べ物に制限があるんじゃない?」
リィンが頬杖をついてシャルミナの白い顔をのぞき込んだ。孫と話せるのが楽しくて仕方がないといった様子だ。
「……はい。ミルクやフルーツ、よく煮たスープは食べられますが、消化力が弱く、固いものは食べられません。常食しているのは、天聖教会から供給されている完全食です」
「完全食?」
「ホムンクルスの栄養を一度に補給出来る白い液体です。これを毎日飲まねばならぬため、天聖教会に頭が上がりません」
不覚だった。聖騎士になることを焦ったために、天聖教会に生殺与奪の権を握られてしまったのだ。
「それなら――」
リーゼがアイスを頬張りながら口を挟んだ。
「ミルクにヨルリラ草を混ぜたヨルリラミルクで代用出来るはずだよ。ホントはヨルリラ草の成分だけを錬金術で抽出するんだけど、そんなことせずに混ぜちゃっても、緑色になるだけで一緒のはず」
「本当ですか!?」
シャルミナが勢いよく立ち上がって、身を乗り出した。
「うん。サノワの村へ夜通し走った時に飲んだけど、ものすごく体力回復するし、いいんじゃない? うちのクマも勝手に作ってよく飲んでるし」
「サノワの村へ?」
アメリアがくりくりとした大きな瞳をさらに丸くした。
「……それって、“闇の雫”が落ちたとき?」
「そう」
「ありがとう……お母様や、村の人たちを救ってくれて」
「私が聖騎士リィゼだってナイショだよ? 今さらだけど」
リーゼとアメリアはクスクスと笑い合った。
シャルミナは落ち着きを取り戻したのか、席に座り直した。
「ヨルリラ草なら、エリオ殿に頼めば入手出来ると聞く……。これで……天聖教会の呪縛から解放される……」
リーゼは、そのヨルリラ草を卸しているのが自分だとは言わなかった。
(タダであげられるけど、エリオの商売の邪魔しちゃマズいよね。私の学費にもなるわけだし)
国を救った立役者であるリーゼから聖騎士学園が学費を取るとは思えないが、リーゼは払う気満々だった。中断してた包丁作りも、再開しなきゃと意気込んでいる。
シャルミナが、神妙な面持ちでリーゼに尋ねた。
「リーゼ様、私は……リーム様でもあるあなた様が打った聖剣を所持しています。それでよいのでしょうか?」
「どうして?」
シャルミナは、腰の聖剣に触れ、ぎゅっと拳を握った。
「私は……この聖剣に相応しい者ではありません。未熟で……傍若無人で……多くの人を傷つけてきました……」
「お姉さま……」
アメリアが心配そうにシャルミナの拳に手を置いた。シャルミナは過去の振る舞いを悔いているのだ。元より広い見識を持っていれば――。
リーゼはふるふると首を振って、黒い髪を揺らした。
「今のシャルミナなら、悪いことに使わないから心配してないよ。人を傷つけるんじゃなくて、守るために使って。その剣の元は勇者の剣だから――きっと勇気をくれるよ」
「リーゼ様……」
シャルミナの銀の瞳に涙が浮かんだ。半ば強引に我がものとしてしまった剣が、初めて自分のものとなった気がした。
「道を踏み外したら、私が叩き折ってあ・げ・る」
リィンが本気とも冗談とも取れる笑みを向けた。
「き――肝に銘じます!」
シャルミナが飛び跳ねるように背を正した。
「リィンさんって――」
「リィンとお呼びください、リーゼ様。私はあなたの剣なのですから」
「じゃあ……リィン……って、きれいな人なのに子供っぽいよね?」
「フフッ、ドワーフに恋して人里で暮らすような変わり者ですから。ただでさえ長寿なのに、剣となってはもう不老不死のようなもの。あなた様と一緒にこの世をもう一度楽しむつもりです」
「そっか……」
世界は広い――。ルクシオール王国のオーデンから、ネイザー公国に流れてきたけど、“闇の大穴”があった山脈の向こうにはもっと大きな国があるという。
(通りやすくなったし、のぞいてみるのもいいよね)
リーゼは空になった皿にスプーンを置きながら、そんなことを考えていた。
次回更新は、11/6(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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