64 偽りの微笑みがこぼした涙
「さて、ケガしたみんなも助けなきゃ」
エリーゼはくぼみと同じぐらいの高さまで舞い上がると、見守る者たちに向けて両手と翼を広げた。
「【聖域完全回復】!」
天使の小さな体からまばゆい光が発せられ、くぼみの縁で跪く者たちを照らした。酸でただれた肌が……切り裂かれた傷が……みるみる治癒していく。
あぁ……天使様……。
天使の後光を受けた者たちは、ますます頭を垂れていった。
エリオには気がかりな男が1人いた。――ディツィアーノだ。自分たちに都合のよい大天使エリーゼを祀り上げる天聖教会の司祭が、実体として存在する天使を目の当たりにして何を思うのか……。真実の天使など邪魔でしかないはず。
その男は、エリオから少し離れた背後でワナワナと震えていた。
「あぁ……ああぁあぁぁぁぁ……」
エリオは跪く騎士たちの間を抜け、ディツィアーノに詰め寄った。温厚な男には珍しく、勢いのまま法衣の胸ぐらをつかんで睨みつける。
「貴様! 天聖教会に報告することは許さん! 命が惜しければ、黙っているんだ!」
男はエリオに目もくれず、ただただ震えるばかりだ。
「あぁあぁぁ……鑑定の使えぬ私にもわかる……。あのお方は……エリーゼ様だ……。天使様は……実在したのだ……」
偽りの微笑みを絶やさぬ両の目が見開かれ、涙が溢れ出た。
「だが……まだ羽は2枚のみ……。6枚の羽を持つ大天使様となるまで、信徒がお護りせねば……」
護る? ことごとくリーゼ様と敵対してきた男が何を言っているのだ?
「リーゼ様を天聖教会に取り込むつもりなら無駄だ。オーデンで火の精霊の指輪をフィリッポスに与えたのはお前であろう!」
「……そうだ」
「リーゼ様が泳げぬことを魔族に知らせたのもお前だな!」
「……そうだ」
「そのお前が、リーゼ様を護ろうなどと……」
「そうであろうな……エリーゼ様が私をお許しになるわけがない」
ディツィアーノは喉元を締め上げる手をほどくと、法衣の裾を整えて平伏した。
「だが、エリオ殿、そなたはいかがか? 商人として清濁併せ呑む御仁であろう? エリーゼ様の御許におられずともよい、私を配下に置いてはくれぬか?」
「何だと!?」
エリオは商人らしからぬ狼狽を見せた。それは、背後の従者たちも同様だ。
「お前が天聖教会を捨て、私に従うというのか!? 教皇ファナリスの小汚い手先であるお前が!?」
フハハハハハ! 高らかな笑いが響いた。
「ファナリスが何だというのだ? 目の前に真の天使様がいらっしゃるのだぞ? 都合よく創り上げられた虚像の天使など、むしろ忌々しい。私は――」
司祭は、エリオの足下の土に額をこすりつけた。
「真なる天使様と共にありたいのだ。オーデンで天使様は貴族に抗い、人の世を否定された。平民の孤児に寄り添うことが望みとすれば、その道のなんと険しいことか。私は天使様の御身を護るためなら命を厭わぬ。――むしろ殉教できるなら至上の喜び。存分に苦役を課した上で、ボロ布のように使い捨てよ」
この男は本気だ――。真実を見抜く左目で見るまでもない、教皇ファナリスを盲信したように、今度は天使エリーゼ様に殉ずる気なのだ。
そんなことをリーゼ様は望むまい。だが……使える。
「天聖教会を抜けることは許さぬ。そのまま留まり、ファナリスの動向を知らせるのだ」
「おお! では!」
「エリオ様!?」
思わず声を上げたサラを手で制して、下知を続けた。
「エリーゼ様が降臨されたことも伏せろ。こちらに都合のいい話だけを流すのだ」
「御意にございます」
顔を上げると、そこには無上の喜びに満ちた輝きがあった。偽りではない、心からの微笑みだ。
「間者とはこの上なき幸せ。どんな苦行であろうと、我が血肉で果たしてみせましょう」
とんでもないヤツが仲間になった。――サラと2人の従者は天を仰いで、諦めたように息を吐いた。
次回更新は、9/4(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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