59 抵抗する闇
その日は、雲ひとつない晴れやかな日だった。
黒々とした液体を湛える“闇の大穴”のほとりで数百人に及ぶ騎士たちが列を成し、その後ろの小高い斜面にゴラン王や国の要人が並んでいる。
その中にエリオもいた。従者である3人の姿はないが、岩陰にでも潜んで気配を消しているのだろう。昨夜、サノワの酒場にいたのだから来てないわけがない。
騎士の列が真ん中で2つに割れ、シャルミナが歩み出た。その先では仰々しい衣に身を包んだディツィアーノが待ち受けている。
シャルミナは、ディツィアーノの前で膝を折った。
「聖なる騎士に、大天使様の祝福あれ」
微笑みの司祭ディツィアーノの持つ聖杖がシャルミナの頭上に振るわれ、杖の先に折り重なった左右3枚ずつのリングが、シャリンとおごそかな音を立てた。
さっさとリィンさんの聖剣を抜いて、新しい聖剣を刺せばいいのに――。リーゼはそう思ったが、シャルミナが天聖教会の儀式によって聖騎士となったことにより、“闇の大穴”の封印が天聖教会の助けによって成されることを、公に知らしめなければならなくなったのだ。
ディツィアーノが退くと、シャルミナは立ち上がり、腰の聖剣を抜いた。
「我が祖母である聖騎士リィンの剣よ、よく今まで耐えてくれました。これより我が聖剣が封印の役目を引き継ぎましょう」
小学校の校庭が10個は入りそうな黒い沼の中央に、黒い剣が十字架のように突き刺さっている。すでにミスリルの青い輝きの面影はなく、沼と同じく黒い瘴気を放っている。
シャルミナが1歩、“闇の大穴”へ足を踏み出した。
「闇よ、退け! 聖なる力にひれ伏すがよい!」
シャルミナが聖魔法を体に込めて一瞥をくれると、鉄靴にまとわり付く闇が潮が引くように散り、沼の底が見えた。
いける――。シャルミナの口元から安堵がこぼれた。このまま、リィンの聖剣のところまで分け入ればよいのだ。
聖騎士でなければ聖剣を刺し替えられない理由の1つがここにある。聖魔法が使えなければ、リィンの聖剣が刺さる“闇の大穴”の中央までたどり着けないのだ。
シャルミナの聖魔法が通じたことに気が緩んだのか、背後のゴラン王からも息が漏れた。
(孫娘の命まで、リィンのように失うわけにはいかぬ)
強大な闇の力を封印するため、ゴラン王の妻である聖騎士リィンは命を落とした。ありったけの聖魔法を込めた聖剣を闇に突き刺して。――シャルミナの身に何かあれば、きっと妹であるアメリアが聖魔力を補ってくれるだろう。あれは、息子に似て優しい子だ。
そのアメリアは、勇者を名乗る娘と共に騎士の列の隅にいる。その娘は、聖剣を打ってくれたリームとそっくりであり、何度も街を救ってくれた聖騎士リィゼとも似ている。
(誰よりも強き娘だ。きっと、我が孫2人を守ってくれるだろう)
シャルミナが、2歩、3歩と、“闇の大穴”へ踏み入っていく。
アメリアとリーゼを囲むように立つ、オイゲンを始めとする鍛冶屋の男たち、そして、ランドリックやほとりに立つ騎士たちが見守る中、闇はシャルミナが歩を進める度に、電気で撃たれたように退いていく。
封印が順調に進むと思われた――その途端、地の底から響くような声が、空気を震わし始めた。
『ダ……メ……サガッ……テ…………アナタデハ…………ダメ……』
「この声は……リィン! リィンか!」
ゴラン王が声を上げた。
『モウ…………オサエラレナイ……』
押さえつけていたものが弾けたように“闇の大穴”が噴出した。沼全体が火山のように爆発し、一気に闇を吹き上げたのだ。
キャアァァァァァ!
シャルミナの体は一瞬のうちに飲まれ、闇の向こうに見えなくなった。
「お姉さま!」
思わずアメリアが叫んだ。あまりのことに、初めてシャルミナを姉と呼んでしまった。
「大丈夫、必ず助ける」
リーゼは飛び出そうとするアメリアをぐっと押さえると、天に向かって命じた。
「出番だよ! アカべぇ! グレープ! 闇を食い止めて!」
滝のように降り注ぐ闇と人々の間に、巨大な四角い光が2つ開かれた。そう――。闇の襲撃を三度退けた不敗の従者が、再び現れるのだ。
次回更新は、6/19(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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