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56 姉妹の対面

 “闇の空”との戦いを凌いだ数日後――。


 聖騎士学園の学園長室にて、対面するゴラン王とアメリアの姿があった。


 突然呼び出されたアメリアはきょとんと目を丸くし、年季の入った地味なローブに身を包んだゴラン王は目尻を下げてニコニコとしていた。


 2人以外部屋には誰もおらず、内密の話が始まるのは明らかだった。



  ◆  ◆  ◆



 傾いた日が長い影を作るころ、2人の話は終わり、ゴラン王は護衛の騎士と共に聖騎士学園を後にした。


 放心したアメリアはポカンと中庭のベンチに座り、気遣うようにリーゼがそっと隣に座った。


「アメリア……?」

「私が……ユーリィ王太子殿下の娘だったなんて……」

「……そっか、ゴランおじさん、話したんだ」

「リーゼは知ってたの?」

「はっきりわかったのは、戦ってる時。ゴランおじさんが話してくれた」

「そっか……」


 アメリアはうつむいてスカートをいじっている。ただの平民の子がいきなり王族になったのだから、戸惑うのも無理はない。


「聖魔法は、聖騎士リィンさんからアメリアだけが受け継いだものだよ。秘術とかでシャルミナも使えるようになったけど」

「うん……陛下にもそう言われた。リィンの力を受け継いでくれてうれしいって」

「陛下って……。お爺さんなのにそう呼ばなきゃいけないの?」

「だって……偉い人だもの。リーゼみたいにゴランおじさんなんて呼べないよ」

「そっか……」

「リーゼはどうして、ゴランおじさんって呼ぶようになったの?」

「それは……この国の王様って知らなかったんだよね。ただの鍛冶屋の偉い人だって思ってた」

「フフッ、そっか」


 目を細めた金色の長いまつげが空を見上げた。茜色の雲がゆっくりと棚引いている。


「お母さんが……王太子殿下のお世話をしてたなんて知らなかった。それで、恋に落ちて……」

「ふうん……」


 大きな瞳が、愁いを含みながらリーゼに向けられた。


「お母さんもお爺さんも、お父さんは立派な人だってことしか教えてくれなかったから、ビックリしちゃった」


 小さな舌を悪戯っぽく覗かせる。その愛くるしさはどう見てもお姫様なんだけどね。と、リーゼは思った。


「これからはお城で暮らすの?」

「まさか! ないない! 私が王族ってことはもうしばらく隠しておくんだって」

「そうなの? 何で?」

「私を守るためだって」

「ふうん……よくわかんないね」

「うん、ちっとも」


 2人は、いつものように微笑みあった。勇者とお姫様になったけれど、仲好しなのは変わらない。


 そんな2人の間に、不穏な影が落ちた。


「フン、何がおかしいの?」


 棚引く銀色の髪に、真っ白な肌――シャルミナだ。


「シャルミナ様! い、いえ、ただ……その……私が王族だと知らされ、戸惑いを……」


 座ったまま身をこわばらせるアメリアを、シャルミナは不快そうに見下した。


「私は、お前を妹などと認めていない。王位継承権を剥奪された平民らしく、さっさと田舎へ引っ込め!」

「は、はい……。ですが、“闇の大穴”を封じる際に立ち会えと」

「何だと!? 誰がそのようなことを命じた!」

「ゴラン……陛下です……」


 吊り上がったシャルミナの口から、舌打ちが漏れた。


「平民の女を立ち会わすなど、お爺様は何を考えているのか……」

「ね? ちょっといい?」


 虫けらでも見るような目がジロリとリーゼに移る。


「何だ?」

「その腰の剣を授かった時、“相応しい騎士になれ”って、ゴランおじさんから言われなかった?」

「なっ……なぜ、貴様がそれを知っている!」

「相応しくなければ私が取り上げるって、ゴランおじさんに言ってあるから」

「なんだと!?」


 シャルミナが腰の聖剣を抜いた。まばゆい輝きが青い刀身よりほとばしる。


「身分の差をわきまえぬ無礼者め。この場で斬り捨ててやろうか?」


 鼻先に聖剣が突きつけられるが、リーゼは全く動じることはない。


「そんなのムリだって。私の方が強いもん」

「貴様ぁあぁぁぁ」


 怒りで聖剣がワナワナと震える。今にも切っ先が小さな鼻を貫きそうだが、構わず真っ直ぐな瞳が向けられた。


「その剣は強すぎるから、優しい人にしか持たせない。アメリアは妹だよ? 優しく出来ないなら、聖騎士を降りなって」

「おのれぇえぇぇぇぇ!」

「リーゼ、ダメェッ!」


 怒りにまかせて聖剣が振り上げられた。アメリアはリーゼをかばうように身を寄せる。

 シャルミナの胸をよぎるのは、ゴラン王より聖剣を授かった時のこと。


 ――シャルミナよ、愛を知れ。そして、聖剣に相応しい良き聖騎士となるのだ。


 おのれ! “愛”だの“優しさ”だの、ゴラン王もこの女も似たようなことを!


 聖剣が振り下ろされようとしたその間際、いつの間にか背後にいたランドリックが手首をつかんだ。


「シャルミナ様、ここはお慈悲を。リーゼは身分をわきまえない不届き者ですが、街を襲ったサキュバスを退けた功労者です」

「退けたのはアカべぇとかいう、まがい物の聖騎士の従者であろう!」

「海まで追い詰めたのはリーゼとのことです。泳げないというのに、果敢にも海へ飛び込んだとか。ここで殺めては、民の間で盛り上がったシャルミナ様への感謝が揺らぎます」


 ランドリックの進言はもっともだった。戸を打ち付けた家に籠もって戦いの詳細を知らない街の人々にとって、“闇”に勝利して聖剣を授かったシャルミナは救国の象徴なのだ。


 一際大きい舌打ちが鳴らされ、荒々しくランドリックの腕が振りほどかれた。


「チィッ、忌々しい! こいつらをよく教育しておけ!」

「はっ!」


 頭を下げるランドリックを一瞥すると、シャルミナは荒々しく聖剣を鞘に収め、立ち去っていった。


 やれやれ……と、ランドリックの口から安堵の息が漏れた。


「あんまりシャルミナ様を挑発するな。寿命が縮む」

「ごめん……」

「お前も“闇の大穴”の封印に呼ばれているのであろう? シャルミナ様と仲違いしていては困る」


 アメリアの小さな手が、リーゼの小さな手に重ねられた。


「リーゼ、かばってくれてありがと。けどね、私……シャルミナ様の力になりたいの」

「アメリア……」


 アメリアは優しいなと思う。どんなにヒドい扱いを受けようと、姉であるシャルミナを助けるつもりだ。


「そうだね。みんなで“闇の大穴”を封印しなきゃね」

「うん」


 聖騎士となったシャルミナが、リームの打った聖剣を“闇の大穴”に突き刺せば、力を失いつつあるリィンの聖剣に代わって“闇の大穴”は封印される――はずである。


 いざとなったら、シャルミナの代わりに自分が“闇の大穴”を封印すればいい。


 リーゼは戦いを終わらせるため、決意を新たにするのだった。


次回更新は、5/8(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n8373hl/

もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。

どちらも読んでもらえるとうれしいです。


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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