54 決着
魔王リーザの羽ばたきが止まると、海を巻き上げた渦が空に消え、宙に浮かぶ2体の魔族が姿を現した。
サキュバスは顔面をつかむ細い腕を振りほどこうと身もだえるが、引き剥がせない。
「なぜ、お前が……。勇者は……何処へ……」
「【悪魔の爪】を剥がそうとか、無理だよ。敵を盾代わりにするイヤな技なんだから」
「このおっ!」
大悪魔の拳が振り上げられた。だが、振り下ろされる前にリーザは唱える。
「【死の呪い】!」
「ギャアァアァァァ!」
耳をつんざくような悲鳴と共に、大悪魔を形作っていた闇が解除された。
四散した闇が無に還り、サキュバスの姿だけが残される。
「呪いは付与の解除効果があるから、ホントの姿に戻るって思ったよ」
「お、お前は……一体……」
リーザは【悪魔の爪】を放した。
「何で人の街を襲うの? 恨みでもあるの?」
【死の呪い】で苦悶に歪む口が開いた。
「……お前こそ……なぜ、人に味方する? 魔族……のくせに……」
「そっちが襲ってくるからだって。罪のない人を傷つけて」
「この世を支配するのが魔族の望み! 魔王の本懐ではないか!」
「支配とか、バカじゃないの? もっと楽しく暮らしなって」
「おのれ……戯れ言を! ニセ魔王め!」
力任せに振り回す両腕が迫るが、【死の呪い】で動きが落ちた爪がリーザを捉えることはない。
「降参しなよ。【死の呪い】を放っといたら死んじゃうよ?」
「こ……殺す! 裏切り者め! 絶対殺してやる!」
「裏切り者って……。魔族だからって、みんな仲いいわけじゃないでしょ? 人だってイヤな人いっぱいいるし」
「黙れエェエェェ!」
サキュバスが後ろに跳ねて距離を取った。長いまつげを携えた瞳が赤く輝き、力を貯める。
「地獄の業火で燃え尽きるがいい! 【地獄の……】
陸から真っ赤な弾丸が飛んできた。あっという間に距離を詰め、ミスリルの爪を振りかざす。
ブラッディブレイブベア/グレート――その目つきは、血に飢えた狂王そのものだ。
「あっ! ダメ! 殺さないで!」
アカべぇの攻撃はリーザに向かうものではない。なので、スローモーションにはならず、リーザが伸ばした手の先でサキュバスの顔が恐怖で凍った。
「ぐああぁあっ!」
斬り裂かれたサキュバスの体が海面に激突した。大きく水柱を上げて、海中深く飲み込まれる。アカべぇはくるっと回って、ドボンと着水した。
ぷかぷか浮かぶアカべぇに、水しぶきが雨のように降り注いだ。
ウガ……。
これまでにないくらいションボリしているアカべぇの傍らに、リーザが降り立った。
「ううん、いいよ、怒ってない。私のために戦ってくれたんだもん。東の街は大丈夫?」
ウガッ! と、真っ赤なクマが胸を張った。
「さすが、森の狂王だね。……誰も死なせないで、なんて無茶なお願いを聞いてくれてありがと」
微笑むリーザに、真っ赤なクマは大きな歯を見せて喜んだ。大きな耳がうれしそうにピョコピョコ動いている。
真っ赤な毛並みをかき分けて、妖精ウィンディーネがアカべぇの肩に出てきた。
「まったくもう! いきなり飛び込むんだから! 海の水はベタベタするから苦手なのに」
「ウィンディ、アカべぇとずっといたんだ?」
「まぁね。人と魔族がどうなろうと仕方ないけど、リーゼが街を護りたいなら見守らなきゃね」
「そっか……ありがと」
水柱が収まり、真っ赤なクマが作った水紋が収まっても、サキュバスの体は上がってこない。
「死んじゃったかな?」
「どうだかね。生きてたとしても、捕まれば人に殺されるだろうし、どうでもよくない?」
「人と魔族の戦いを、終わらせたいんだけど……?」
「そんなことしたら、人からも、魔族からも恨まれるよ?」
「人からも? 何で?」
「ずっと昔から、魔族を恨んでる人がいっぱいいるから。この街の人たちだって、誰も死んでないとはいえ、せっかくの街をボロボロにされたのよ?」
「そうだよね……」
ザワザワと砂浜からざわめきが聞こえてくる。
「人が集まってきた! アカべぇ、【マイルーム】に戻るから、アメリアをお願い!」
真っ赤なクマは、ウガッ! と敬礼すると、ぐったりとした少女の体を受け取った。
「アメリア、大丈夫かな……」
「もう、私がそばにいるから安心しなって! ほら、魔族の姿じゃ、街を壊した張本人にされるよ!」
「うん!」
光の扉が開き、魔王の小さな体を包み込んだ。
城の方角からは、まだ戦いの音が響いてくる。――だが、すでに戦いの形勢は決していた。
次回更新は、4/21(木)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
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