53 水上の戦い
上空を逃げる大悪魔を、リーゼはリーゼのままで追った。盗賊であるリーニャにキャラクターチェンジする間に、見失うわけにはいかないからだ。
リーゼは、体操で鍛えたダッシュのフォームとレベル120の能力で街を駆け抜けていく。流れていく街並みが無残に痛めつけられているのが悲しい。海辺のきれいな街だったのに……。
――開けた場所に出た。海だ! 広がる砂浜と青い海。空が暗い雲に覆われていなければ、目を奪われたに違いない。
立ち止まってリーゼは左右を見回した。大悪魔はどこ? ――いた! 数百メートル先の海で、待ち構えるようにこちらを向いて飛んでいる。
「さぁ、おいで! 勇者の小娘! 聖少女もろとも葬ってあげる!」
リーゼはたじろいだ。敵は水上で戦うつもりだ。
「フフッ、いくら強くても、溺れたら死んじゃうでしょ? ――早く来ないと、この子を殺しちゃうわよ」
左手の爪を眠るアメリアに突きつけ、大悪魔の胸にあるサキュバスの顔がほくそ笑んだ。
「どうして、私が泳げないって知ってんの!?」
「さぁ、どうしてかしらねぇ?」
私が泳げないって知ってるのは、この世界では学園のみんなだけ……のはず。誰が教えた? 魔族にどうして!? ――そこまで考えてやめた。今はアメリアを助けるのが先決。
リーゼは左に走った。真っ正面から向かってこないことが意外だったサキュバスは、リーゼが逃げるのかと思ったが、そこには小舟を停める小さな桟橋があった。
板で張り合わされたほんの50メートルほどの通り道に、小さな体が駆け込んでいく。
「そんな所でどうしようというかしら?」
意味不明なリーゼの行動に、勝ちを確信しているサキュバスは余裕で首を傾げた。何をしようと海に入れば、勝手に溺れてくれる。赤子の手をひねるようなものだ。
リーゼは桟橋の一番奥にある、船着き場の番号を示す看板を見据えた。
(あれを跳馬に見立てる! 残り23メートルから歩幅を合わせて……)
体操の競技の1つである跳馬――その助走距離は身に染みている。リーゼは太股を高く上げ、さらに加速した。看板の高さはリーゼの目線ぐらい。跳び慣れた高さとほぼ同じだ。
(いける!)
飛び跳ねて、両手を看板の上についた。跳馬の台より細いが気にしない。そのまま身を捻り、飛ぶ方向を右へ変える。
「バカな!」
サキュバスが驚愕した。膝を抱えた体がクルクルと回転しながら、こちらへ跳んでくる。リーゼの鍛えた体操の技とレベル120の能力が合わさり、数百メートルの大跳躍となったのだ。
海、空、海、空と、目まぐるしく視界が変わる中、リーゼは腰の剣を抜いた。
「アメリアを返せっ!」
「ほざく……なぁっ!」
サキュバスは振り払おうと大悪魔の左腕を振るった。――が、リーゼの剣にあっけなく断ち切られ、そのままアメリアを抱える右腕も肩から斬り落とされた。
バシャーン!
リーゼと大悪魔の両腕が、アメリアごと海に落ちた。
高く上がった水しぶきを浴びながら、サキュバスは水面を探した。だが、上がってくる人影はない。
水柱が収まり、ただ静かに波打つ波紋――。しばらくして、ゆらりと水面に上がってきた2本の腕が黒い霧に変わり、元の体へと戻っていった。
「フフッ……ウフフフフフ! 溺れたのね! 泳げないくせに飛び込むから! アハハハハハ!」
高らかなサキュバスの笑いを、不意の稲光が遮った。
ピシャーン! ゴロゴロゴロ……。
鳴り響く雷鳴にサキュバスが空を見上げると、いつの間にか覆っていた暗雲が渦を巻いていた。
「な、何? どうしたのよ?」
足下の海も渦を巻き、大悪魔を覆うようにせり上がってくる。まるで、竜巻の目の中へ捕らえるように。
“悪しき力と天は言う
闇より出でし、死の翼
ひれ伏し、許しを請うがいい
讃えよ! 我が名はリーザ!
魔を統べる王だ!”
せり上がった渦から腕が飛び出し、サキュバスの顔面をつかんだ。
ぐあぁっ! 長い爪が眉間や頬に食い込み、苦悶の叫びが上がった。――その声を楽しむかのように、ゆっくりと渦から顔が現れる。金色に輝く蛇の目は、明らかに人のものではない。
「覚悟……出来てるよね?」
「お、お前は……まさか……オーデンから波動が届いた……魔王……」
飛べば泳げなくても関係ない。魔王の左腕には、眠るアメリアがしっかりと抱えられていた。
次回更新は、4/9(土)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
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