52 勇者、舞い降りる
「聖少女を連れて逃げな!」
サラの声に我を取り戻し、ラルが踵を返した。何としても聖少女を護るのが、リーゼから託された使命なのだ。
だが、駆け出したその前方に、大悪魔の異形が降り立った。
頭上を一瞬で飛び越えられたことに、ラルの顔が凍り付く。巨体に見合わない素早さだ。
「死んじゃいな」
嵐のような轟音と共に、鉤爪を備えた右腕が振り下ろされる。ラルは聖少女をかばって背で受けた。
ぐはぁっ!
深々と爪痕が刻まれた背中から、血が吹き出した。
「ラル!」
サラがハルパーを構えて飛びかかった。ズーイもナイフを逆手に構えて続く。だが、大悪魔が返した右腕の爪に、あっさりと弾き返された。
地面に叩きつけられたサラとズーイが、苦悶の声を上げる。
ぐうぅっ……。
あまりのレベル差に手も足も出ない。サラも、ズーイも、右半身に深手を負った。
大悪魔は、アメリアの体を鷲づかみにして、無造作に持ち上げていく。拒もうとするラルの腕は震えて役に立たない。
「さぁて、握りつぶしてあげようかしら」
ぐったりとしたアメリアの体に爪が食い込んでいく。
「や、やめろ……」
サラが血の流れる右腕を押さえながら立ち上がった。だが、ハルパーを握るその腕はあらぬ方向に折れ曲がり、脇腹からも血が流れている。
命に代えても……聖少女様を護る。それが……リーゼとの誓い。
「うおぁおぉぉぉぉ!」
サラが決死の覚悟で駆け出した――オーデンの街で火の精霊の炎に立ち向かった時のように。
その時だった、天空にまばゆい光がほとばしったのは。
“あふれる力、胸に秘め
目指すは地の果て、空の果て
どんな敵にも屈しない
勇者リーゼ、ここにあり!”
光は人を形取り、黒髪の少女へと姿を変えていく。
「リーゼ!」
サラが叫ぶと同時に、気配を察した大悪魔が顔を上げた。そこには、剣を抜きながら落下するリーゼがいる。
「アメリアを放せーっ!」
大悪魔がアメリアをつかんでいない左腕で迎え討った。
バシィィィッ!
剣と爪が交錯する音を残して、リーゼがクルクルと前方抱え込み宙返りをしながら着地した。
リーゼに怪我はない。大悪魔は――左腕が指の間から肘まで真っ二つに裂けた。
「ば、馬鹿な……」
うろたえる大悪魔だが、それはリーゼも同じだった。
「あぁっ! 刃を潰してあるのに斬れちゃった!」
リーゼの心配をよそに、裂けた左腕の傷が修復していく。
「リーゼ! そいつの体は闇で出来てる! 本体は胴体に入ってるサキュバスだ!」
「そうなの!?」
そういうことなら、遠慮なく剣を振るえる。サノワで襲ってきたイザークって最上位の魔族の影と同じようなものだ。
「アメリアを放して!」
「抜かせぇえぇぇ!」
大悪魔が傷の治った左腕を振り下ろした。リーゼは軽く上半身を反らしてかわす。
「なっ!?」
渾身の一撃がかわされた大悪魔が、焦って何度も丸太のようなを腕を振り下ろしていく。上から、横から、斜めから――目にも止まらぬ連続攻撃だ。
だが、それもリーゼから見ればスローモーションに過ぎない。砂塵を上げるだけで、すべて難なくかわされていく。
大悪魔の巨体が後ずさった。
「こ、攻撃が……当たらない……」
その疑問は、サラたちも同様だった。リーゼのレベルはオーデンの街のままだとすれば20。大悪魔のレベルは66。リーゼが勇者であろうと、このレベル差で攻撃が空を切るのはおかしい。
「みんなを……街をこんなにして……。手加減しないよ」
リーゼが剣を突き出して、後ろ足を引いた。ランドリックに教えられた正しい構えだ。
「その腕ごと、アメリアを返してもらうから」
相手の体が剣に隠れ、隙がなくなったことに大悪魔はうろたえた。己の体が切り刻まれ、四肢が落とされるイメージしか浮かばない。
大悪魔の胸から、サキュバスの顔が浮き出た。
「ま、待って! あなた一体……」
そこまで言って、ハルパー使いが「リーゼ」と呼んだのを思い出した。
「リーゼ……そう……あなた、勇者ね? フフッ」
大悪魔の大きな翼が羽ばたき、砂埃が舞った。巨体がアメリアを抱えたまま、空に舞い上がる。
襲ってくると思っていたリーゼは虚を突かれた。
「あっ! 待てっ!」
叫ぶが、大悪魔の巨体は止まらない。
(動きが遅くならない! まずい!)
そう、敵の動きがゆっくりになるのは、リーゼに向かってきた時だけだ。
大悪魔は建物の向こうへ飛び去っていく。リーゼは追おうとしたが、傷ついたサラたちを見て止まった。3人とも重症で、放っておけば死んでしまうかも知れない。
サラが精一杯、声を張った。
「大丈夫……っ! エリオ様から高位回復薬を授かってる。行ってくれ」
一番重症のラルも、冷や汗いっぱいの顔に笑顔を浮かべて、親指を立てた。そして、背後からゾーイの声がした。
「逃げ切るまでは……聖少女様を殺さぬはず……間に合います」
斬られた腹から血を流しているが、問題ないとばかりに笑みを見せた。
「みんな……アメリアを護ってくれてありがと!」
リーゼが駆けた。大悪魔が飛び去った西へ向かって。
そこには、海がある。リーゼの泳げぬ水をたたえた――海が。
次回更新は、3/27(日)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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