51 大悪魔
左右から縦横無尽に降り注ぐ10本の爪を、サラのハルパーは全て受け返していく。その一撃一撃は、鑑定眼を持つラルの目にも疾風にしか見えない。
赤い髪を振り乱しながら、サラの口端が不敵に上がった。
(見える……いけるぞ! リーゼの剣は私に力を与えてくれる!)
ディルバラの舌が艶めかしく蠢いた。
「人間のくせになかなかやるわねぇ。なら――これでどうかしらっ!」
10本の爪が、顔面を狙って一気に突き出された。1本のハルパーで受け止められる攻撃ではない。万事休す――その瞬間、3本の投げナイフが、サラをかすめるようにディルバラに迫った。わずかにタイミングがずらされたナイフは、一振りでは払えない。正面からはサラのハルパーも迫る。
「チィッ!」
堪らず退いたディルバラとサラの間を投げナイフが擦過し、そのうち1本がディルバラの頬をわずかに裂いた。
青白い頬を紫の血が伝う。
「私の肌に傷をつけるなんて、悪い男ねぇ」
肉感的な体が艶めかしくしなを作って、唇から熱い息が放たれた。
「んん~ん、ダメよぉ、女の戦いに水を差すなんて」
魅了を無視するかのように、またナイフが1本放たれた。ディルバラの爪が不機嫌そうに払う。
「何で私の魅了が効かないのよ? ……って、目を閉じて!?」
「身もよだつほどの禍々しい気だ……見えずとも当てるのはたやすい」
ハルパーを構えたまま、サラが褒めた。
「さすが、ズーイ。細目だし、閉じても大差ないわね」
「それ……褒めてないですが……サラ様」
ズーイが目を閉じたまま、背後を取ろうとディルバラに回り込む。
「イヤねぇ、私の色気を身もよだつだなんて。お仕置きしなくっちゃ」
ディルバラのヘビの目が見開かれ、全身が紫のオーラで覆われた。
「グズグズしてらんないし、見せてあげる、奥の手を」
ビリビリと空気が震え、地が揺れた。
圧倒的な魔の放出に、サラたちは立っているのがやっとだ。
(何が起こるというんだ……)
それでもサラは、ハルパーの構えを解きはしなかった。
◆ ◆ ◆
不意の地響きに、ランドリックとミシェルが背中を合わせた。
「何だ!? 地震か!?」
取り囲んでいたムカデどもが黒い霧に変わり、空へ舞い上がっていく。
「まだ倒してないわよ!?」
叫びながら空を見上げたミシェルが、さらなる異変に気づいた。
「見て! 闇が集まっていく!」
西の街全体から黒い霧が吹き上がり、後方へと渦を巻いている。
「あれは――救護所のある方向……アメリア!」
ランドリックが駆け出した。ミシェルもランドリックの背を守るように、左右を牽制しながら続いた。
◆ ◆ ◆
闇の異変に、東の街のアカべぇも気づいていた。黒い霧が集まる地点へ駆けつけたいところだが、蹴散らしても蹴散らしても黒いムカデどもが囲んでくる。ムカデどもはミスリルの力を手にしたクマを倒そうとはせず、足止めに終始していた。
切りのない戦いに、さすがの狂王も息が上がってくる。
ウガガ……。
東を護れと、しかも誰も死なすなとリーゼに言われたアカべぇは、ムカデを放置して西へ向かうことはない。だが、嫌な予感がする。
振り返ったアカべぇの視界に、遠くの屋根を飛び跳ねる小さな影が映った。大きな眼を凝らすと、ピョコンと生えたネコミミとシッポが見える。
ウオォオォォォォォン!
真紅のクマは耳をピョコピョコさせながら感喜の咆哮を上げた。主だ! 元気を取り戻した狂王は、再び赤いミスリルの爪を振るい始めた。
◆ ◆ ◆
サラたちは、ディルバラが放つ圧倒的な気に手出しが出来ずにいた。
――そうしてる間にも、集まってきた黒い霧が身を包み、姿を大きくしていく。
「あぁ……」
鑑定眼を持つラルが後ずさった。
「馬鹿な……レベル限界を越えるなどと……」
見抜かずとも、理の外にいる魔物であることが伝わってきてしまう。
ズーイがナイフを放ったが、刃が立たずに弾かれた。
「フフ……」
黒い影だけの顔が、三日月の形に割れた。
「もう少し大人しくしててね。殺してあげるから」
サラたちは身の震えを感じながらも、2階建ての建物ほどの大きさとなった影を見上げるしかない。
「ラル! 鑑定!」
「……は、はっ!」
サラの指示に、気力を振り絞ったラルが右手を向けた。
だが――その鑑定結果が、さらに血の気を引かせることとなる。
「あ……あぁ……」
唇がわななくばかりで言葉にならない。
「しっかりしな! 何だってんだ、あいつは!?」
「ぐ……」
唇を噛んで、声を絞り出した。
「大悪魔……レベル66……」
サラの顔からも血の気が引いた。
ドラゴンのごとき翼に、山羊のごとき角。隆起した肉体は、森の狂王に勝るとも劣らない。
悪魔とは、古来より人の恐怖を形にしたものと云われている。
――影から実体となった大悪魔の異様は、まさしく恐怖そのものだった。
次回更新は、3/18(金)に『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
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もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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