47 ミスリルの輝き
巨大なムカデの鎌に傷つけられ、騎士たちが血を流していく。その痛みを打ち消すように騎士たちは吠え、剣を振るった。――策のない凄惨な肉弾戦は、組み伏せ難い巨体を持つムカデに利があり、騎士たちは徐々に戦える数を減らしていた。
戦意を失い、へたり込んで歯を鳴らすばかりの女生徒たちを、ドワーフの老人がのぞき込んだ。
「うら若きお主たちには酷な戦場じゃ、通路へ下がっておれ」
老ドワーフの言葉に、女生徒たちは必死に何度もうなずいた。このお爺さんは、私たちを助けようとしてくれている――。
老ドワーフは懐から、2つの革袋を出した。
「通路に怪我人を送るでな。この高位回復薬を飲ませるか、傷口に塗るかしてやってくれ」
女生徒たちは、また何度もうなずいた。助かりたくて必死なのは伝わるが、頼みが伝わっているのか疑わしい。
老ドワーフはもう一度、諭すような口調で言った。
「この高位回復薬で救われる命がある。責任重大じゃぞ? わかるな? 聖騎士見習いの娘たちよ」
聖騎士見習いの娘たち――。老ドワーフの言葉に少女たちは、はっとした。
そう、自分たちは栄えある聖騎士学園の生徒だ。我を忘れてる場合じゃない。
少女たちの瞳に力が戻った。
「はい、通路に救護所を作ります」
「いい子じゃ」
老ドワーフは女生徒たちを送り出すと、死闘を繰り広げる騎士たちに向き直った。
「やりますか、ギルド長殿」
いつの間にか、オイゲンの回りに鍛冶職人たちが集まっていた。それぞれが屈強な猛者のように、戦斧やハンマーを構えている。
「リーム嬢ちゃんの助言以来、お前たちもたくましくなったもんじゃ」
オイゲンは、戦斧の握りにつばをくれると、猛然と駆け出した。
「ワシに続けぇえぇぇぇ!」
ウオォオォォォォ! 鍛冶職人たちが猛然とムカデの群れに挑んでいく。
「鍛え上げたこの戦斧! 喰らうがいい!」
オイゲンの小柄な体が、騎士たちの背中を駆け上がった。そのままの勢いで、ムカデの右腕に斬りかかる。
「ドリャアアアアァア!」
見事、右の鎌が斬り落とされた。すかさず、続いた鍛冶職人が左腕を切り落とす。
「鎌を落とすんじゃ! したらば頭と胸を潰せ! 核はその辺りにある!」
騎士たちが息を吹き返した。鎌を失ったムカデを押し倒し、頭と胸に剣を突き立てる。
ギシャアァアァァァ! と、ムカデが不快な悲鳴を上げた。
「鎌が復活する前に止めを刺すんじゃ!」
オイゲンの言葉に、騎士たちが鼓舞されていく。
そこかしこでムカデが悲鳴を上げ始めた。
「通路に救護所がある! 重症の者を運ぶんじゃ!」
おう! と、騎士たちが力強い言葉を返した。オイゲンの指示の元に、騎士団がまとまっていく。
「下がることはならん! 命尽きるまで戦え!」
自ら最前線でムカデと斬り合うシャルミナが怒りの声を上げた。
負けじとオイゲンが怒鳴り返す。
「命あっての物種よ! 回復すればまた戦えるんじゃ!」
「ならぬ! 貴様、我が命に背くか!」
「ワシは鍛冶屋ギルド長での! 命令できるのはゴラン王だけじゃ!」
「私は王女であり、聖騎士であるぞ!」
「ガハハハ! ワシら鍛冶職人を敵に回して、聖剣がもらえると思うなよ!」
「なんだと!?」
シャルミナの身を片時も離れず守っていたバルロイが、首を振った。
「シャルミナ様、ここは……。聖剣のためにも」
「バルロイ……」
シャルミナは王女らしからぬ舌打ちを鳴らすと、剣を掲げて命じた。
「鍛冶職人どもを前へ押し出せ! 怪我人を後ろに下げい!」
自分に従わぬ老ドワーフへの当てつけのような命令だったが、鍛冶職人たちは皆、元よりそのつもりだった。
「やれやれ、人使いの荒い姫様じゃ」
オイゲンの白い髭が、ため息で揺れた。
◆ ◆ ◆
サラたち3人が液魔どもを切り開いて作った道には、多くの冒険者が倒れていた。皆、皮膚を焼かれて苦しんでいる。
(重症の人は……命が危ない人から先に聖回復を……)
液魔に取り憑かれて、悶えている剣士がいる。上半身を覆われ、あれでは息もできない。
アメリアは液魔を引き剥がそうと飛びついた。ジュウジュウと服を焼くが気にも留めない。
「聖少女様、離れて! 私が討ちます!」
サラのハルパーなら、核を狙わなくとも液魔を無に還すことが出来る。だが、サラも他の2人も押し寄せる液魔との戦いで手が離せない。
――私が何とかしなきゃ。
アメリアは意を決すると、襟元に腕を突っ込んで、ナイフを取り出した。首紐を外すのももどかしく柄を握り、鞘に手をかける。
(何だあれは!?)
サラにはわかる。ごくありふれた初級冒険者が使うような安い鞘におさまっているが、あのナイフはそんな程度のシロモノではない。そう――リーゼより授かったこのハルパーに迫るような……。
アメリアが鞘を投げ捨てた。プリズムのように折り重なった青い刃が、まぶしい輝きを放つ。
リームが打ったミスリルナイフだ。ゴランに頼まれ、ロランの街で打ったナイフがアメリアの元にあったのだ。
「聖なる力を込めて! 魔よ退け!」
アメリアの叫びと共にナイフは金色に輝き、振り下ろした瞬間、光の柱が立った。
液魔を飲み込み、冒険者を飲み込み、四つ角を2つ飲み込んで、金色の光が立ち上る。その高さは王城の塔を越え、雲を貫いた。
(聖なる……光……)
全てを埋め尽くす金色の光の中、サラは手をかざして光を避けながらも、心が温まるような優しさを感じていた。
次回更新は、2/14(月)に
『脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n8373hl/
もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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