46 聖少女の決意
ラルが勢いよく左右の棍棒を振り下ろした。バチよりも遙かに太いトゲ付きの木塊が、大地を太鼓のごとく打ち鳴らしていく。
ドドドドドドドドドドドドド!
地鳴りのような轟きが辺りを包み、布で覆われたサラの顔から覗く目が、ニヤリと細まった。
「盛り上げてくれるねぇ」
スリリングなリズムに乗せて、しなやかな肢体が地を蹴った。その体を飲み込もうと、巨大な液魔がグローブのように身を広げて迫る。
赤刀一閃――。湾曲したハルパーの刃が残光をきらめかせ、縦に、斜めに、真横に、液魔を切り刻んだ。
広げた体を八つ裂きにされた液魔は、ボタボタと力無く地面に落ち、再生することなくシュウシュウと煙を上げた。
その間にも、ズーイは投げナイフで小ぶりな液魔の核を貫き、ラルも太鼓を止めて、手近な液魔に棍棒を振り下ろした。
棍棒を受けた液魔は核ごと潰され、黒いペンキの入った風船のように弾けた。
「すごい……」
自分を護ると告げた3人のあまりの強さに、アメリアは言葉が出ない。その戦いぶりはリーゼとはまるで違っていて、無慈悲で容赦のないものだ。
ズーイがアメリアに歩み寄った。
「さ、天幕へ戻られよ。ここは我らが食い止めます」
金色の髪が、ふるふると左右に揺れた。
「奥へ……通りの奥へ行きたい。助けを呼んでる……」
皆気づいていた、戦いの喧噪の向こうに聞こえる微かなうめき声を。――たくさんの者たちが傷つき、助けを待っている。
「みなさんが私を護れるなら、みんなを救えます」
優しく垂れた幼い瞳には、らしからぬ強い決意が満ちていた。
ズーイは指示を求めてサラに視線を投げかけ、察したサラはハルパーを振るいながらうなずいた。
「聖少女様の仰せのままに」
ナイフを持つ男の言葉に、天幕の入口で様子を伺っていた女生徒2人が駆け寄った。
「アメリア、行っちゃうの!?」
「ここにいろって、ランドリック先生が……」
そこまで言って、はっとさせられた。微笑みを携え、胸に当てた手をキュッと結ぶその様は――まさに聖少女だった。
「先生は私を思って、ここにいろって言ったんだと思う。けど、護ってくれる人がいるから……行かなきゃ。みんなを助けなきゃ」
「なら、私も一緒に!」
「私も!」
また、金色の髪が左右に揺れた。
「ううん……ここに助けを求めて来る人がいるから……連れて行けない」
「アメリア……」
女生徒たちは顔を見合わせて、何事か気持ちを確認し合った。そして、告げたのは……
「あのね……ごめん」
思いがけない言葉だった。
「え?」
「平民だからって……辛くあたっちゃって……。すごく後悔してるの」
「アメリアは……立派だよ。聖魔法が使えるのに偉そうじゃないし、たくさんの命を救って……」
「聖少女って、ホントだった。これからは……私たちがあなたに学びたい。私たちも……みんなを救いたいの」
2人は、食堂でシャルミナのテーブルの隅に座り、アメリアとリーゼを見下し嗤っていた子たちだった。
「その……えと……」
「私、ジュリーン。ジュリィって呼んで」
「私はキャサラ。そのままキャサラでいいよ」
リーゼ以外の子から優しい言葉をかけられたのは初めてだ。しかも、貴族で年上の子たちからである。
戸惑いながらも、小さな口を開いた。
「その……ジュリィ……様」
「“様”はいらないよ。学園なんだから」
「そうそう、アメリアのこと聖少女“様”って呼ぶよ?」
「……じゃ、じゃあ……ジュリィ……さん、キャサラさん」
「なぁに?」
ふわりとした前髪の下で伏せていた瞳が、真っ直ぐ2人を見た。
「ここを……お願いします」
「うん、わかった」
「必ず戻ってくるのよ」
「うん!」
思いのほか元気な声が出た。身分の差を超えて、打ち解けようとしてくれた気持ちがうれしい。
アメリアは踵を返すと、通りの奥へ駆け出していった。その前と左右をサラ、ズーイ、ラルが固める。
(聖少女だなんてどんな子かと思ったが、いい子じゃないか。リーゼが気にかけるだけあるね)
ズーイとラルの足取りも軽い。アメリアを護れることに喜びを感じているようだ。
「聖少女様に傷1つ負わせないよ! わかってるね!」
「はっ!」
4つの人影が、闇うごめく彼方へ向かっていった。――傷ついた人たちを救う為に。
◆ ◆ ◆
王城の中庭は、まさしく地獄だった。
中庭を埋め尽くす無数のムカデに対して、騎士たちは盾を構えてただ突っ込むだけ。人の身の丈を遙かに越えるムカデの鎌が、容赦なく騎士たちに降り注ぐ。
「怯むな! 何としても聖剣の炉を護れ!」
シャルミナの策のない号令に従う騎士たちに血の気はない。自分たちの命など所詮捨て駒だと悟り、すでに死を覚悟しているから。
血を流し、倒れていく騎士たちを目の当たりにして、壁際で身を寄せ合う聖騎士学園の少女たちがへたり込んだ。
「シャルミナ様についてくれば……安全だと思ったのに……」
「こんなの……無理よ……死んじゃう……」
まだ年若い少女たちには、過酷すぎる戦場だった。
【次回予告】
3つに割れた戦場を見つめる眼とは……。
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次回更新は、2/10(木)に「脂肪がMPの無敵お嬢さまは、美少女なのにちっともモテない!」をアップ予定です。
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