表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/129

07 三日月の湖

更新履歴

2024年09月19日 第3稿として、大幅リライト。

2021年12月07日 第2稿として加筆修正

 少女を乗せた巨漢のクマが、森の中を四本足で駆けていきます。迷いなく木々の間のわずかな隙間をすり抜けていく様は、まるでテーマパークのアトラクションを早回しで見ているようです。


「うわぁ~っ! 速い速い!」


 背中ではしゃぐリーゼに、ブラッディマッドベアも満足そうです。

 小さな池が見えてきました。池といっても子供用のビニールプールほどの大きさで、マップにも小さすぎて表示されないようです。


「あそこがそう? ずいぶん小さいね」


 ブラッディマッドベアは返事の代わりに鼻で笑うと、駆ける勢いのままジャンプして、頭から池に飛び込みました。


(うあっ! ちょっっ!?)


 クマの巨体を飲み込んだ池が、噴水のような水柱を上げました。

 リーゼは必死でブラッディマッドベアの首にしがみつきます。というのも、リーゼは泳げないのです。

 ――生前、凜星りんぜは誰にも負けない運動神経を持っていました。かけっこで女の子に負けたことはないし、ジャンプだって、ボール投げだって一番でした。けど、水との相性だけは最悪で、どんなに練習しても水に浮くことが出来ません。見かねたお父さんが熱血指導をしたのが、逆効果だったのかも知れません。どんどんどんどん、泳ぐのが嫌いになっていきました。


(溺れちゃう! 戻って!)


 リーゼは思わず、ブラッディマッドベアの首を締め上げました。


「モガッ!」


 レベル120の絞め技です。ブラッディマッドベアの赤い毛並みの下の顔が、みるみる真っ赤になりました。

 ブラッディマッドベアはなにかを伝えようと、必死に深呼吸の真似をします。


(なに? 息ができるとでも?)


 よく見ると、周り50センチくらいにシャボン玉の膜のようななのが出来ています。長い赤毛の間から漏れた泡が、空気の層を作っているようです。

 リーゼは思い切って、息を吸ってみました。


 すーっ。――吸える! 息が出来る!


「ゴメン、ゴメン。すごいね、偉い、偉い」


 リーゼはブラッディマッドベアの頭を撫でてやりました。

 ブラッディマッドベアは得意げに鼻を鳴らして、さらに底へと潜っていくのでした。


 ――池の中は外から見るより、ずいぶん深くて広いです。碧く透明な水の中を、カラフルな魚や水草がいっぱい揺れてます。


(おサカナさんやカメさんがいっぱい泳いでる。フフッ、私のクマさんと競争だよ。あ、ワニさんは怖いから向こう行ってて)


 絵本のような光景に、リーゼのワクワクは止まりません。水の中を泳ぐなんて一生ないと思っていたので、とってもうれしいハプニングです。

 水草の茂みの中から洞窟が見えてきました。ブラッディマッドベアは躊躇することなく、中へ入っていきます。

 暗闇のはずの洞窟の中は、苔のおかげでうっすらと青く浮かび上がっていて、ずいぶん先に洞窟の終わりを告げる明かりが漏れています。きっと、その先にあるのが――。


「プハッ!」


 水面に顔を出したブラッディマッドベアとリーゼが、一緒に大きく息を吸い込みました。息を止めていたわけではないのですが、地上に出た安心感がそうさせたようです。

 ブラッディマッドベアはリーゼを背負ったまま、のそのそと三日月の弧を描く湖岸に上がっていきました。

 湖の大きさは25メートルのプールがいくつも入るほどで、リーゼには一生かかっても泳ぎ切ることが出来なさそうです。


 ここは、どうやら地中の空間のようです。それなのに、空には一面の星ときれいな三日月が浮かんでいます。苔かなにかがそう見せているのか、【マイルーム】と同じように空間転移したのかは定かではありませんが、おそらくここは一年中夜なのでしょう。


 ブラッディマッドベアは大きなあくびをすると、のっそりと横たわってくつろぎ始めました。まるで、一仕事終えたあとのおじさんです。おじさんクマは、手元の花をむしるとムシャムシャと食べ始めました。


「ちょっ! それ、ヨルリラ草!」


 そうです。池の周りの一面に、スズランに似た小さな花が無数に咲いているのです。


「そんな……あり得ない。希少素材だよ?」


 驚くリーゼをよそに、ヨルリラ草を食み続けるブラッディマッドベアは、赤毛がピカピカのツヤツヤになっていきます。出会ったときにリーゼが蹴って減らした体力など、もうすべて回復していることでしょう。


「ヨルリラ草が食べ放題だなんて、このクマ、贅沢すぎじゃない?」


 リーゼはため息をつきました。ここにあるヨルリラ草をすべて売ったら、暮らしが良くなるどころか、お城が買えてしまいそうです。


「クスクス、お金に目が眩んじゃった?」


 いきなり耳元で声がしたので急いで振り向くと、手のひらほどの小さな妖精が羽ばたいていました。毛先がカールした金色のウェーブヘアーに、勝ち気なルビー色の瞳が印象的で、夜空みたいなブルーのドレスをまとっています。


「ううん、そんなことないよ。ちょっとだけ売って、孤児院の暮らしを良くしたいだけ」

「ふ~ん、ヒトのくせに欲がないのね。ヘ~ンなの」

「ううん、欲ならあるよ。おいしいご飯が食べたいし、きれいな服を着たいもん。希少な素材は希少なままでいてくれた方が、都合がいいってだけ」

「あら、ズル賢いのね。すっごくよくってよ、ヒトらしくて」

「それ、褒めてる?」

「ちっとも」

「だよね」


 妖精とリーゼは一緒にクスクスと笑い合いました。


「私、リーゼ」

「私はウィンディーネ。ウィンディって呼んでくれていいわよ、勇者さん」

「えっ」

「妖精の目はなんでもお見通しなの。勇者でしかもレベル120。3桁なんて初めて見たわ」

「……やっぱり珍しいんだ?」

「珍しいっていうより、世界のことわりを壊してるって感じ? クスクス」


 悪戯っぽく笑う妖精の話を、横たわるクマが目を丸くして聞いていました。あまりの驚きに、口からヨルリラ草がこぼれています。


「そこの赤クマが誰かを連れてきたのは300年ぶりなの。あんなアホ面だけど、ずっとここを守ってくれてるのよね」

「そうだったんだ……って、300年も生きてるの!?」

「そんなの普通よ。あの赤クマはクマ族にしては長生きだと思うけど、あれだけヨルリラ草を食べてればね」


 ――ヨルリラ草食べ放題ならあり得るか。と、リーゼは納得しました。


「ね、300年前に来たのって?」

「先代の勇者よ。ここからいっぱいヨルリラ草を摘んでいって、世界に広めたのも彼」

「ふうん……そっか……」

「あなたも好きなだけ持って行っていいのよ? 私がいる限りいくらでも生えてくるんだから」

「ホント!? ありがと!」


 怠けてたクマがせっせとヨルリラ草を摘み始めました。


「あら? 採ってあげるの? この子のことそんなに気に入ったんだ?」


 ブラッディマッドベアは、小さく吠えながらうなずきました。


「なら、リーゼ、あのクマに名前つけてあげればいいんじゃない?」

「名前? どうして?」

「なついてるんだもの、遠慮はいらないわ」

「いいの?」


 ブラッディマッドベアはうれしそうに、こくこくとうなずきました。


「じゃあ……赤いクマだから……赤いベアーで……アカべぇ!」

「ウガーーーッ!」


 ブラッディマッドベアは雄々しく立ち上がると、眩しい光を発しました。


「なに!? なに!?」


 光が収まると、ピンク色のクマがこちらに跪いています。まるで、騎士が王に仕えるように。


「すごいわ! クラスチェンジよ! クマ族の最上位のさらに上になったのね。クスクス、リーゼにかかれば世のことわりなんて、あってないようなものね」

「もうブラッディマッドベアじゃないってこと?」

「調べてみればいいんじゃない? あるじなんだからわかるでしょ?」

「主? あのクマ、私の従魔になったの!?」

「正しくは聖従魔ね。勇者の従魔なんだから」


 リーゼはショートカットワードを唱えて、【ステータス】を開きました。


 【聖従魔1】

 【名 前】アカべぇ

 【種 族】ブラッディブレイブベア


 ブラッディマッド(・・・)ベアが、ブラッディブレイブ(・・・・)ベアに変わっています。


「……ブラッディ(血まみれ)なのは変わらないんだ」

「クラスが変わっても、性格は変えられないものよ」


 リーゼと妖精はまた笑い合いました。

 2人は気が合うのか笑顔が絶えません。並んで座って、ゆっくり話すことにしました。


「ね、前に来た勇者ってどんな人だったの?」

「そうねぇ……前向きで、正義感が強くて、どんな困難にも立ち向かっていって……。まさか、ホントに最凶の魔王を倒すなんてね」

「……すごい人だね」

「すごすぎて死んじゃったけれどね」

「……え?」

「王様や貴族に妬まれてしまったのよ。ありもしない罪をなすりつけられて……処刑されたわ」

「ヒドい……」


 遠吠えのような嗚咽が響きました。ヨルリラ草を採っている手を止めたピンクのクマの両目から、大粒の涙がこぼれ落ちていきます。


「アカべぇ……」

「あ、そのクマ、ヒトのこと恨んでるから気をつけてね。前の勇者とは戦友で仲がよかったの。ヨルリラ草を漬け込んだお酒を一晩中飲んだりしてね」

「一晩中って……ここ、ずっと夜じゃないの?」

「そう。だから潰れるまでずっと飲んでいたわ。ヨルリラ草の摂りすぎで、バカみたいに騒いでね」


 ウィンディは、懐かしい勇者の面影を夜空の月に浮かべました。


「ホント……バカよ。ヒトのために戦って、ヒトのせいで死んじゃうなんて……」

「ウィンディ……」

「リーゼも気をつけなさい。たとえレベル120でも、ヒトの謀略にかかったら……死ぬわ」

「もう、怖いこと言わないでよ」


 リーゼの投げた石ころが、水面に波紋を作っていきます。広がる1つの1つの輪が、まるで命の輪廻のようです。


(死ぬなんて……経験したとこだし、しばらくやめときたい。……またいつか……死ぬんだろうけど、人に妬まれて……なんてヤだな……)


 凜星りんぜは体操がよく出来たせいで、周りの子から妬まれていました。――妬まれないように、目立たないようにと過ごしてきたのに、今度は勇者だからと妬まれて、殺されるかもしれないのです。


 不安に駆られたリーゼの肩を、ピンクの指がトントンと叩きました。

 振り向くと、ピンクのクマがヨルリラ草を両手いっぱいに抱えて、ニッコリと笑っています。

 ――そう。リーゼにはもう頼もしい仲間がいるのです。ピンクの毛並みが着ぐるみのようですが、最強を越えたクマ族の戦士です。


(ピンクになるなら、先に言ってよ。――モモべぇにしといたって)


 不満そうなリーゼにピンクのクマが小首を傾げました。摘んできたヨルリラ草をなぜ喜んでくれないのが疑問なのです。


(まぁ、いいけどね。赤っぽいピンクだし、オシャレな色だよ)


 リーゼが笑いました。釣られてピンクのクマも、丸い顔いっぱいに満面の笑みを浮かべたのです。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 応援して下さる方、ぜひとも

 ・ブックマーク

 ・高評価「★★★★★」

 ・いいね

 を、お願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ