45 もう1つの専用武器
パキィィン!
ランドリックが振るった包丁が、何倍もの長さのムカデの鎌を断ち切った。なんて斬れ味だ! こんな剣――いや、包丁に出会ったことはない!
驚くランドリックを背に感じて、ミシェルはニッコリと微笑んだ。
「最高でしょう? 私の作った氷も、あっさりスライスしちゃうんだから」
ミシェルの放った氷の矢の一団が、ムカデの黒い殻に突き刺さっていく。そのうちの1つが胸の奥の核を貫き、ムカデは身もだえながら無に還っていった。
「お前の氷をだと? にわかには信じがたいな」
「じゃあ、試してみるといいわ」
高々とクリスタルの杖が掲げられた。
「氷結拘束!」
冷気の疾風が巻き起こり、周囲を取り囲むムカデがみるみる氷で覆われていく。
「おおおぉおっ!」
雄叫びとともにランドリックが跳ねた。上段から振り下ろした包丁が、動きの鈍ったムカデの頭を氷ごと両断し、無に還した。頭の奥にあった核が割られたのだ。
「お見事! 核は個体によって場所が違うみたいね。厄介だわ」
「なぁに、切り刻めば核に当たる」
「それもそうね」
ランドリックはミシェルを得たことにより水を得た魚のように駆け、ミシェルは支援と攻撃魔法でランドリックを支えた。
その様は、周りの冒険者たちをも勇気づけた。
「盾でムカデの動きを止めろ! 止めはランドリックに任せればいい!」
個の集団に連携らしきものが生まれ始めていた。
◆ ◆ ◆
治療を施す天幕にも、闇の魔物が迫っていた。“闇の空”が落ちた際に群がった液魔は聖騎士学園の生徒と冒険者たちが退けたが、負傷者が運び込まれる度に、防衛戦がジリジリと後退している。護りが手薄になっているのだ。
「聖回復!」
アメリアの詠唱と共に、傷を負った冒険者の体が癒されていく。だが、アメリアは5回ほどしか連続で使えないし、重い怪我の者には何度もかける必要がある。その上、再び送り出す度に、聖なる剣をかけるので、魔法回復薬がどんどんなくなっていく。
魔法の使いすぎでアメリアの疲労も著しい。まだ、戦いは始まったばかりだというのに……。
「ぐああぁぁ……た、助けてくれ……」
うめき声が天幕のすぐ近くで聞こえた。
はっとしたアメリアは、そばにいた生徒の制止も聞かずに天幕を飛び出した。
そこには、液魔に取りつかれた若い冒険者がいた。頭の半分と上半身を覆われ、シュウシュウと煙を上げて体を溶かされている。
「ああっ……」
目を覆いたくなるような光景だ。
周りの生徒が液魔の核を討とうとしているが、冒険者を傷つけてしまいそうで狙いが定まらない。
(た、助けなきゃ……)
そうは思うのだが、全身が震えるばかりでどうすることも出来ない。だ、誰か……リーゼ……!
アメリアが目をつぶったその時だった。上の方――おそらく、どこかの屋根からナイフが放たれ、的確に液魔の核を貫いた。
蒸気がかき消えるように液魔が無に帰し、解放された冒険者が地面に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか! 今すぐ聖回復を!」
駆け寄るアメリアの目に、地面に刺さったナイフの柄が留まった。▲と●で作られたリボンが刻まれている。
(ナイフ? どこから?)
そんな疑問はあるが、誰かが護ってくれたに違いない。アメリアは聖回復を唱えた。
全回復とまではいかないが、冒険者の傷があらかた塞がっていく。
「アメリア、あとは回復薬で治すから! あなたも天幕へ下がって!」
年上の生徒たち数人が冒険者を抱えて、天幕へ運び込んでいく。
「う、うん」
退こうとするアメリアに、2つの影が近寄ってきた。いや、屋根から飛び降りてきた影が合流したので、3つだ。先頭の影は女で、赤黒い装束を着ている。後ろの2人は黒い装束を着た男で、1人は背が高く、1人はずんぐりしている。3人はいずれも布で顔を覆っていて、目元しかわからない。
先頭の女がアメリアの足下で跪くと、残りの2人も続いた。
「聖少女様、リーゼ様より護衛を仰せつかっております」
「えっ? ……リーゼ……から?」
「はい。あなた様の命、必ずお護りするようにと」
◆ ◆ ◆
時は数日遡る――。
放課後のオープンカフェで、いつものようにかき氷を頬張るリーゼの前に、踊り子衣装のサラが現れた。
「酒場のオヤジが驚いてたよ、えらくきれいな女の子に伝言頼まれたってね」
「きれい? ……ほめるの上手だよね、酒場の人って」
「フフッ、お世辞ってことにしとくよ」
サラはリーゼと向き合う席に座ると、身を乗り出した。
「それで、何だい? 私を呼び出すなんて、初めてだね」
「これを……渡したくて」
ゴトリと、テーブルの上に剣を置いた。鞘で覆われているが、湾曲した刀身からはただならぬ威圧感が放たれている。そして、柄にはリボンのマークが……。
「これは……ハルパー」
「地下牢で見たからね。愛用してるんでしょ?」
サラの切れ長の目尻がピクリと動いた。
「隠さないのかい? あの獣人が自分だったって」
「裏の顔があるのはお互いさま。それより頼みたいことがある」
「……頼み?」
「戦いが始まったら、その剣でアメリアを護って」
「アメリア……聖少女様だね?」
「そう。私がそばにいられるとは、限らないから」
「……鍛冶屋のリームは、包丁しか打たないって聞いてたけど?」
「サラは信じるよ、悪いことに使わないって。イヤな領主に立ち向かってくれたし、エリオの従者だし」
「私を善人扱いするなんて、良くないねぇ。裏の世界の人間だよ?」
サラが挑発するかのような笑みを浮かべた。リーゼは意に介さず、かき氷を頬張った。
「悪いことに使うならあげない。いいことだけに使って」
「難しいことを言う……」
サラは心底困った顔をした。人の世は策略で蠢いている。いいことと悪いことの判別などつくわけがない。
「――では、聖少女様と、我が主を護る為だけに使わせてもらう。それでいいかい?」
「うん、いいよ。あと、これも持っていって」
テーブルに、はち切れんばかりに膨らんだ布袋が置かれた。
「何だい? これは」
「ナイフが10本入ってる。ズーイ……だっけ? あの背が高い人に渡して」
「マジかい!? あいつ喜ぶよ! 包丁の輝きをうらやましそうに見てたからね」
「ホント? ……じゃあ、ミスリルにしてあげられればよかったね。けど、ハルパー打ったらなくなっちゃった」
「なっ……てことは、このハルパーは……」
「ミスリルだよ。これなら、核を討たなくても闇を倒せるはず」
「なんてこった……」
まさか、ミスリルの剣を手にする時が来るとは――。
少しだけ鞘をずらすと、わずかな隙間だというのに、青くまばゆい光が漏れた。
「大切にするよ……生涯ね」
かき氷を運ぶスプーンが止まった。
「剣より命を大切にして」
――そうなのだ、この娘は何より命を重んじる。二度に渡る“闇の雫”との戦いでも1人も死なせなかったらしい。
その理由は、リーゼが病で命を失ったことにあるが、サラには知る由もない。ただ、争いを好まないことだけはわかる。孤児院でも最後まで剣を振るうことはなかった。振るったのは木の枝だ。
「わかった。命を救うために、この剣を振るおう」
リーゼはこくりと頷いた。
◆ ◆ ◆
まったく、火のサラに青い剣を授けるなんてねぇ。
通りの奥から迫る巨大な液魔を前に、サラは不適にも笑みをこぼした。
その傍らで、ズーイは地に刺さったナイフを拾い、ラルはトゲの付いた棍棒を左右の手に構えた。太鼓のバチよりも遙かに太く、大きく、岩でも砕けそうだ。
「私だけ専用武器がないなんて、寂しいもんです」
「今日の働き次第では、リーゼが用意してくれるだろ」
「それは、がんばらねばならんですなぁ」
巨大な液魔に飲まれた冒険者の叫びが、通りに響いた。
「下がれ! 私が切り裂く!」
鞘から抜かれたミスリルのハルパーが光を放った。青から紅へ――火の想いを乗せて。
【次回予告】
専用武器を手に、サラが戦います!
【大切なお願い】
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