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44 懐かしき背中

 ピンクのクマの毛並みが、燃え上がるような真紅に染まっていく。両手の専用武器であるミスリルクローも溶岩のような灼熱色を帯び、両の眼も炎のように真っ赤だ。

 首元の毛から妖精が顔を出して、拳を突き上げた。


「アハハ! 覚醒しちゃうんだ! いいぞ、いけいけー!」


 グオオォオォォォォ!


 覚醒によって全身から放たれた光が、真紅のクマに纏わり付いていた液魔スライムを浄化して消し去った。

 安全になった周りを、妖精が舞う。


「ブラッディベアのくせに浄化を身につけるとか、さすがリームの作ったミスリルクローね」


 妖精は、すべてを見抜く赤い瞳で真紅のクマを見た。


 【名 前】アカべぇ

 【種 族】ブラッディブレイブベア/グレート


 /グレート? 妖精であるウィンディでも知らない種族名だった。/って、もしかして専用武器を付けた時だけ、覚醒する?


(リーゼって、ホ~ント、この世の理を壊していくよね)


 妖精はクスクスと愉快そうに笑った。


 ただならぬ気配にヴォルフが天幕テントから飛び出した。――そこには、真っ赤な毛を逆立てたクマがいた。背を向けていて顔は見えないが、一回り大きくなったその体躯は、狼獣人の血の気を引かせるには十分な威圧感だ。


「きょ、狂王殿……その姿は……」


 妖精が、楽しそうにウォルフの前に飛んできた。


「あの爪を付けてる時だけ、覚醒するみたいよ」

「よ、妖精!? まさか……」

「フフッ、驚くことがいっぱいあって大変ね。けど、闇は待ってくれないわよ」


 悪戯っぽくウインクする妖精に、はっとさせられた。そうだ! 呆けている場合ではないのだ! 落ちた“闇の空”は、液魔スライムや黒いムカデに姿を変え、通りを埋め尽くしている。


「全軍、直ちに天幕テントを出ろ! 戦いの時だ!」


 騎士たちが雄叫びを上げて、天幕テントから飛び出した。それが呼び水となり、他の四つ角の天幕テントからも騎士が雪崩を打って出ていく。


 グレートとなったアカべぇにムカデの一団が襲いかかった。

 アカべぇは鼻で笑うと、両手の爪を居合抜きの如く一閃。寸断されたムカデどもは再生することなく塵となり、無に還った。

 ミスリルクローによって浄化の力を得たアカべぇは、紫の核を狙わずとも闇を倒すことが出来るようになっていた。


 そのままの勢いで、両の腕が十字に構えられた。


「ちょっ、待って待って!」


 置いて行かれたら身を守る術がない。妖精は慌てて首元の毛の間に戻った。


 ゴアァアァァァァ!


 地を揺るがす咆哮とともに、真紅の巨体が円形の広場を渦巻くように突進していく。血まみれ台風ブラッディハリケーンだ! 蹴散らされた黒いムカデどもは、為す術なく無に還っていった。


「おお! さすが狂王殿!」


 味方となれば、こんなに頼もしい強者はいない。


「我らも陣形を取れ! 孤立したムカデを取り囲んで確実に仕留めるぞ!」


 大ぶりな盾を持った騎士が数名、ヴォルフの前に出て密集陣形を作った。隙なく合わせた盾でムカデの鎌から身を守る目論見だ。


「進め!」


 統率された騎士たちが、闇の軍勢に挑んでいく。個の力は真紅のクマに遠く及ばないが、決して孤立しないことで軍団としての力を高めていた。これは、2度に渡る“闇の雫”との戦いで学んだことだ。


 魔族の侵攻はネイザー公国の人々を脅かしたが、騎士たちの練度も上げていたのだ。



  ◆  ◆  ◆



 東に比べて、街の西は苦戦を強いられていた。


 集められた冒険者たちは屈強だが、連携はパーティ単位に限られ、全体の統率がない。与えられた持ち場を護るのが精一杯の状況に陥っていた。


「突出するな! 建物の陰で身を守れ! 無理に倒す必要はない!」


 ランドリックが選択したのは持久戦だった。西にはトカゲの従者が駆けつけるとリーゼから聞かされていたが、その姿はまだない。いるはずのリーゼの姿も見えない。


(まったく、一筋縄でいかない教え子だよ)


 身の丈の2倍以上もあるムカデの鎌を左右の片手剣で防ぎながら、ランドリックが胸の内でぼやいた。


(リーゼがいてくれば、活路が開けるんだが)


 立ちはだかるムカデの数が2匹、3匹と増えていく。


(まずいね、1匹でも手こずってるってのに)


 同時に襲われたらひとたまりもない。


(冒険者の頃だったら、一旦退くんだが……。いや、あいつがいてくれれば、切り抜けることさえ……)


 6本の鎌がほぼ同時に振り下ろされた。2本は受けられる、だが、あとの4本は――無事では済まぬことを覚悟したその瞬間。


氷の矢(アイシクルショット)!」


 10本余りはあろうかという氷柱つららがムカデどもの腕を貫いた。


「まさか!」


 振り返るとそこには、ランドリックにとって懐かしい姿が立っていた。ブルーのローブに包まれた優雅な立ち姿に、クリスタルの杖――。


「ミシェル!」

「もう、ランドリックったら、この程度の魔物に遅れを取るなんて、腕が鈍ったんじゃなくて?」


 ミシェルは目尻の下がった穏やかな目元を、一層緩ませて微笑んだ。


「ぬかせ! 金が貯まったとカフェの店主に収まったお前に言われたくはない!」


 罵りながらも、ランドリックの声はうれしそうだ。


「あら、人気店なのよ? あなたはちっとも来てくれないけど」


 ミシェルは落ち着いた足取りで、自らの背をランドリックの背に合わせた。

 懐かしい背中だ――。ランドリックは、命を預けられる安堵を感じた。


「はいこれ、貸してあげるわ」

「何だそれは? 包丁?」

「その剣よりよっぽど斬れるわよ。料理以外に使ったこと、あとでリーゼちゃんに謝ってね」

「リーゼがらみか? まったくあいつは……」


 ランドリックは右手の剣を捨て、ミシェルに差し出されたリボンマークの柄をつかんだ。


「何だこれは……」


 包丁にあるまじき白銀の輝きが、力を与えてくれる。


「1本しかないんだから、丁寧に扱ってよ。かき氷が作れなくなっちゃう」


 ランドリックが不敵な笑みを見せた。


「料理には過ぎた刃だ、私が存分に振るってやる」

「フフッ、パーティ再結成ね」


 二剣のランドリックと、氷のミシェル――数年前、名を轟かせた冒険者コンビが、再び力を示す時が来た。

【次回予告】

魔族との決戦はまだまだ続きます!


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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