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40 登城

 ネイザー公国の王城は、公都ハーバルのほぼ中央にあり、円形の堀と高い壁に囲まれた堅牢な城だった。その正門の前にリームとエリオは来ていた。


「おっきな城だね、こんなの初めて見た」

「ネイザー公国は、ルクシオール王国や帝国ダキオンに比べれば小国ですが、ドワーフが多く住みますので、築城の技術では引けを取りません」


 ふうんとリームは感心した息を漏らしつつ、エリオの背に目をやった。そこには、背負子に乗せられた大きな木箱があった。


「その木箱の中身って、ハイミスリル?」

「そうです。少々時間がかかりましたが、無事手に入れて参りました」


 エリオとリームは初対面だが、自然に会話が出来ている。


「リーム様と登城したいとリーゼ様にお願い致しましたが、想像していた通り、顔立ちがリーゼ様とよく似てらっしゃいますね」


 白々しく尋ねるエリオに、リームは非難交じりの半目を向けた。


「余計なお世話。わかってるくせに」

「これは失礼致しました。リーム様に会えたのがうれしくてつい」


 エリオは微笑みながら頭を下げた。もう……どのキャラも自分の顔にしたのは大失敗。


「それでは参りましょうか。ゴラン様がお待ちです」


 そう言うと、エリオは城門へ続く跳ね橋に足をかけた。リームもキョロキョロしながら続く。お城へ入るのなんて初めてだ。



 門番にエリオが身分を証明すると、騎士が1人現れて、城の中を先導してくれた。


 城の中は、豪華な飾りがあんまりなくて、石と鉄で出来た要塞みたい。しばらく進むと中庭があり、木や花がたくさん植えられてた。お約束の6枚の羽を持つ大天使像の噴水もあった。


「ゴランおじさんも大天使を信仰してるの?」

「大天使様を信仰してないのは、魔族ぐらいのものですよ」


 エリオがにこやかに答えた。


 そうなんだよね。貴族主義と平等主義の2つの教会があるけど、大天使を信仰してるのは同じなんだよね。


 中庭の奥にある、蔦に隠れた小さな扉の前で騎士が止まった


「どうぞ中へ。王がお待ちです」


 扉の向こうには、地下へ進む狭い階段があった。いかにも秘密の工房といった感じでドキドキする。

 階段の奥には、学校の教室ぐらいの広さの鍛冶場があった。


「おお、リーム殿! よくぞ来たな!」

「リーム嬢ちゃん、久しぶりじゃな!」


 ゴランがのしのしと歩み寄り、オイゲンが駆け寄った。

 鍛冶ギルドの職人たちもリームを取り囲み、口々に声をかける。「また神業を見せてくれ!」「聖剣打ちに立ち会えるなんてツイてるぜ!」皆、これから行われるリームの仕事に期待が膨らんでいる。


 その輪の外にゴランが出てきた。


「エリオ殿、よくぞハイミスリルを間に合わせてくれた」


 ゴランの言葉に、エリオが胸に手をあてつつ目を伏せた。


「品をご確認ください」


 作業台の上に木箱が乗せられ、釘で封をされた天板が開けられた。

 ――中には、折れた剣が入っていた。折れているとはいえ刀身はまばゆいほどに青白く輝き、ただのミスリルではないことがわかる。柄には立派な装飾が施されていた。


 リームがエリオを見上げた。


「これって?」

「勇者の剣です」

「勇者の? ……ってことは3百年前の……」

「そうです。人に失望した勇者が、自ら折ったのです」

「そう……なんだ……」


 鍛冶職人たちがざわめいた。「勇者の剣……」「これが……」それぞれに畏敬の念を口にする。


「こんなの……どうやって手に入れたの?」

「とある者にルクシオール王宮の宝物庫に忍び込んでもらい、偽物とすり替えたんです」

「そうなの!? バレたら大変なんじゃ!?」

「剣の真贋がわかるような者は、あの王宮にいません。それに……」


 エリオはそっと折れた刀身に手を置いた。


「この剣に新たな命を吹き込む時が来たと感じます。それが出来るのは……新たな勇者(あなた)様しかいません」

「エリオ……」


 オイゲンがニヤリと口端を上げた。


「して、どの様にハイミスリルを溶かす気じゃ? ここの炉では火力が足らんぞ?」


 リームは、右腕を肩の高さまで上げた。


「グレープ、おいで!」


 リームの肩口に小さな光の扉が開き、紫のトカゲが駆け込んできた。そのままリームの指先まで伝うと、ギョロッとした目をキョロキョロと動かして、1つだけ火の入った炉を見定めた。


「そ、そのトカゲは?」


 戸惑うオイゲンだったが、なんとなく顔つきに見覚えがあるような気もする。


「ロアンの街で見たよね? 液魔スライムを食べた従者だよ。いつもはこんな感じで小さいの」

「街を救ってくれた精霊殿か! なぜ嬢ちゃんに従っておるんじゃ!?」


 思わず声を上げたオイゲンに、リームが小首を傾げた。


「あれ? ゴランおじさんに言われて、深く聞かないことになってるんじゃなかったっけ?」

「お……おお、そうじゃった。あまりの驚きに、つい……のう」


 ガハハとゴランが豪快に笑った。


「皆に申しておく、当然ながら今日のことも他言無用とせよ! リーム殿とリィゼ殿のことは、墓場まで持っていけ! それが師と仰ぐ者への心構えだ!」


 はっ! とオイゲンを始めとする職人たちが、一斉に頭を下げた。

 いつから師になったの!? という突っ込みは面倒だからやめておく。


「じゃあ、始めるよ」


 ゴランがうなずいた。


「グレープ、火の番、よろしくね」


 リームに頼られるのがうれしいのか、紫のトカゲはシャーッと舌を伸ばすと、火がくすぶる炉に向かって駆けた。


 足下を抜けていく紫のトカゲに戸惑いつつも、職人たちは何事も見逃すまいと注視する。


 グレープが口を膨らませて炎を貯め始めた。体は小さくても、仕草はオーデンの畑を焼き払った時と同じだ。


 ゴオォォォォォッ!


 小さな体からは想像もつかない巨大な火柱が、炉の中に注ぎ込まれた。爆発したかのように炉の温度が一気に上がり、天井へと続く煙突の石の隙間から真っ赤な炎が漏れ出した。鍛冶場全体が地震のようにグラグラと揺れる。


「こ、これは……なんと強引なやり方じゃ」


 絶句するオイゲンを、ゴランがまたガハハと笑って制した。


「構わん! 精霊の力を借りるなど、ワシらには及びもつかぬ! 良い剣となるぞ!」

「しかし、炉が保たぬのでは……」

「なぁに、炉も鍛えられて強くなるものだ」


 ゴランの言う通り、揺れていた炉が落ち着きを取り戻してきた。

 すかさず、グレープがもう1発炎を吐いた。再び炉がグラグラと揺れる。


「見ろ、グレープ殿は炉の加減をわかっておられるようだ。心配はいらん」


 ゴランがマントを脱ぎ、両手用の柄の長いやっとこを手にした。


「リーム殿……やっとこはワシに任せてくれんか? 片目を失いハンマーを正確に打てぬ身となったが、焼けた鉱石いしを持つことは出来る。――我が手で、新たな聖剣を生み出したいのだ」

「前の聖剣って、おじさんが打ったんだよね?」

「そうだ。未だ“闇の大穴”を封じるあの剣は、我が人生の最高作だ」

「……じゃあ、よろしくね。もっとすごい剣が打てるように、いろいろ教えてよ」

「ああ……恩に着る」


 ゴラン様が再び火床に立たれるというのか! オイゲンの顔に喜びが溢れ、すぐさま作業台に飛びついた。気持ちが先走るもどかしい手つきで、勇者の剣の柄を外し始める。


 必ず素晴らしい聖剣となる――。オイゲンの目に涙が浮かんだ。



【次回予告】

聖剣を打つリーゼとゴラン。そこに現れたのは……?


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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