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39 特訓の成果

「リーゼの剣に聖なる力を……聖なる剣(ホーリーソード)!」


 今日、5回目の聖なる剣(ホーリーソード)を唱える声が、放課後の体育館に響いた。連続2回しか出来なかったのに、短期間ですごく魔力量が増えてる。アメリアはがんばり屋さんだと、リーゼは思った。


 短期間で成長したのはリーゼも同じだだった。無駄な動きがなくなり、特別補習が始まる前とでは剣の切れが明らかに違っている。

 リーゼもそのことを自覚していて、イヤイヤだった素振りにも力が入るようになっていた。


(なんてことだ……剣筋が見えん……)


 ランドリックの背中を冷たいものが伝った。恐ろしいほどの剣の切れに、言葉が出てこない。

 剣がまとった聖なる剣(ホーリーソード)の輝きが一瞬きらめいたかと思えば、もう次の剣撃へ移っている。空気を切り裂く音があり得ないテンポで続いていた。


(これでは……私が1撃加える間に3撃……いや5撃は返される。達人……いや、剣聖の域だ)


 床に三角座りしているアメリアが楽しそうに笑った。


「フフッ、速すぎて数えられないよ、リーゼ」


 垂直に斬り込み、斜めに斬り捨て、水平に斬り払う――リーゼの変幻自在の剣が、一際大きな踏み込みと共にピタリと止まった。


「2千!」


 リーゼは1つ大きな息をつくと、姿勢を正して剣を鞘に収めた。


「すごーい! そんなに振ったの!?」

「無駄な力が入らなくなったせいか、そんなに疲れなくなったよ」

「そのようだな……まったく、お前には驚かされる」


 1対1でこの娘に敵う騎士は、もうこの世におるまい。ランドリックは、リーゼがこの力を悪用する子ではないことに安堵していた。



 体育館の扉が開いた。受付の女性に連れられて、1人の騎士が入ってくる。


「おおーっ、さすが聖騎士学園、素晴らしい施設だ」


 精悍な顔つきにピンと張ったイヌ耳――その男の顔をリーゼは知っていた。サノワの街で一緒に戦った獣人の団長、ヴォルフだ。


「あっ!」


 思わず声が出た。なんでここに!?


 その声で、ヴォルフもリーゼに気づいた。


「リ、リィゼ様っ!?」


 ヴォルフが全力でリーゼに駆け寄り、そのままの勢いでひざまずいた。まるで主人を見つけた忠犬のように。


「なぜこの様なところに!? ……あ! 聖騎士の育成ですか!? さすがリィゼ様、先んじておられる!」


 ああ、まずい……それ以上何も言わないで。半目になって宙を見るリーゼの姿に、ヴォルフは微妙な違和感を覚えた。


「リィゼ様……金の髪とエルフの耳はどこへ……?」

「ほう、聖騎士リィゼ様とリーゼはそんなに似ているのか?」


 ランドリックがしゃがみ込んで、ヴォルフの顔をのぞき込んだ。


「おお、これはランドリック殿。似ている……とは?」

「こいつは私の生徒のリーゼだ。聖騎士様ではない」

「なッ……バカな、別人だというのか? 俺は獣人だぞ! 目も鼻も利く。共に戦った者を間違えはしない。この方は間違いなくリィゼ様だ!」


 アメリアがニコニコしながら、リーゼの顔をのぞき込んだ。


「やっぱり、リーゼは聖騎士様だったんだね。村を救ってくれてありがとう」

「ち、違うって! 村を救ったのはエルフだよ! 私は人なんだから!」

「なぜだ……なぜリィゼ様が人の姿に……」

「だから別人だって!」


 混沌とした状況にランドリックが業を煮やした。


「あー、これじゃゆっくり話も出来ない。中庭へ行くぞ」



  ◆  ◆  ◆



 中庭の噴水のそばにある丸いテーブルに、4人が着いた。

 リーゼと向き合って座っているヴォルフは、敬愛する聖騎士とそっくりな少女から目が離せない様子だ。


「見れば見るほど、リィゼ様に似ている……」

「はは……」


 リーゼは苦笑するしかなかった。

 ランドリックは世話係に用意させた紅茶を飲みながら、ニヤニヤしている。


「“闇の雫”に対する護りの話がしたくてヴォルフ殿を呼んだのだが、とんだ収穫だったな。似ていると聞いてはいたが、それほどとは……」

「別人とは未だに信じられん……。なんというか、見た目だけでなく……魂まで似ている気がする。その証拠に、俺の尻尾がうずいてかなわん」


 尻尾フリフリしたいってこと? なにそれ、かわいいんだけど。


「まぁ、リーゼを問い詰めたいところではあるが、こうしてしらを切られればどうにもならん。それより今、大事なのは街の護りをどうするかであろう? 違うか?」

「いや……そうだな、違いない。俺はその為に来たんだ、話を進めてくれ」


 ヴォルフが真剣な顔になった。そりゃそうだよね、この街を守るためにサノワから遠路はるばる来たんだから。


「知っての通り、この公都ハーバルは中央に王城があり、西に港を始めとする商業地区、東に居住地区がある」


 へ~っ、そうだったんだ。そういえば、東はお店とか少ないよね。


「サノワから来た騎士団には東の護りを頼みたい。西は我々聖騎士学園の精鋭と、冒険者ギルドの求めに応じた傭兵たちで護る」

「なんだと? つまり、我々だけで街を護れということか? 公都の騎士団はどうした?」

「彼らは王城を護るので手一杯だそうだ」

「バカな! 選りすぐりの精鋭エリート部隊だぞ! 人員も我が国最大を誇る! なぜ王城を護るだけなんだ!?」

「有力な貴族が王城に籠もることになっているんでな。王を護ることにかこつけて、己の身を護らせたいんだろう」

「愚かな……バルロイ総騎士団長殿はなんと?」

「こうなるであろうと見越して、お前たちを呼んでおいたそうだ」

「そうか……手は尽くしておられるということか」


 リーゼのため息が、2人の会話に割って入った。


「はぁ……貴族ってバカなの? お城より街の方が何倍も大きいし、人も多いのに」

「口が過ぎるぞ、リーゼ。国を率いる貴族の命令には従わねばならん」

「ま~た身分の差かぁ。くだらない」


 ヴォルフは、リーゼがリィゼであることの確信をさらに深めた。


(身分の差がくだらないとは、なかなか言えることではない。リィゼ様も平民、獣人を問わず、命をお救いになられた。やはり、この方は……)


 ランドリックが話を続けた。


「聖騎士学園と傭兵団は私が率いる。要となるのは目の前のリーゼとアメリアだ。リーゼは幼いが、比類なき強さを誇る」


 ヴォルフが納得したようにうなずいた。


「疑問に思わないのか? こんな少女が要などと」

「俺は、目の前におられるリィゼ様と同じ顔をした少女を信じるだけだ」

「そうか……なら、話が早い。アメリアはサノワの出身だから知っているな?」

「もちろんだ。監視砦で、聖少女様のことを知らぬものはいない。病や怪我を治していただいたこともある」


 照れたアメリアが慌てて両手を振った。


「わ、私なんか……ちょっとした傷や風邪を治すお手伝いをしただけで……」


 すかさず、リーゼがたきつけた。


「アメリアは、聖なる剣(ホーリーソード)を5回も使えるようになったんだよ」

「リ、リーゼったら、もう!」


 アメリアがますます赤くなって、頬を押さえた。愛らしい姿にヴォルフの頬も緩んだ。


「5回も? それは素晴らしい。成長されておりますね、聖少女様」

「もう! ヴォルフさんまで!」


 ランドリックが真剣な眼差しをヴォルフに向けた。


「“闇の雫”と戦ったことがあるお主に尋ねたい。我々だけでこの広いハーバルの街を護れるものか?」


 ヴォルフは押し黙った。サノワでの凄惨な戦いを思えば、護れるとは言い切れない。だが、騎士の誇りにかけて――


「護らねばならんだろう? 住民は可能な限り東に避難させてくれ。騎士である我々が盾となって護り抜こう。なぁに元よりサノワで失うと覚悟していた命……」

「ダメだよ! 誰も死なせない!」


 少女の真っ直ぐな瞳がヴォルフの言葉を制した。有無を言わせない強い語気から、死を拒否する強い信念が伝わってくる。それは、自身が一度死んでしまったからだが、ヴォルフたちには知る由もない。


「危なくなったら街の人たちと一緒に下がって。そしたら、必ず――」


 この先を言うべきか少し迷った。けど、言わなければいけない気がした。命懸けの戦いが始まるのだから。


「必ず――聖騎士は来るから。だから、身を守って」


 聖騎士リィゼ様はサノワでも撤退を指示された。この一致が偶然だというのか? いや、そんなわけがない。

 ヴォルフは意を決したように立ち上がると、あらためてリーゼの前にひざまずいた。


「はっ! リーゼ様の仰せのままに! リーゼ様のお言葉を、リィゼ様からのお言葉として肝に銘じます!」

「さ、様って!? リーゼでいいよ!」

「いえ、我が本能しっぽが教えるのです、リーゼ様とお呼びせねばならぬと。我が団は、リーゼ様の命に従います!」


 リーゼはもう突っ込むのをやめた。命を大切にしてくれるなら、それでいいし。


「ヴォルフ殿が、そこまで聖騎士様を信奉しているとはな。これは、東への伝令はリーゼに頼んだ方が良さそうだ」


 少々あきれ気味なランドリックだったが、リーゼを中心にすれば、東と西の部隊がうまくまとまりそうだと算段していた。


 アメリアは、ことの成り行きをニコニコと見つめていた。



  ◆  ◆  ◆



 ――数日後。


 ネイザー公国の王城の前に、リームとエリオの姿があった。

 エリオの背には背負子に乗せられた木箱があり、リームの背には身の丈を超えるハンマーがある。


 いよいよ、聖剣打ちが始まるのだ。

【次回予告】

来週は、いよいよ聖剣打ちです!


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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