38 儀式
ルクシオール王国の北東に位置する小国、天聖皇国イルミナ。その皇宮の奥深くに、シャルミナは踏み入っていた。
薄明かりの中、長く続く真っ直ぐな廊下をディツィアーノが導いていく。その先に、身の丈の何倍もある銀の扉があった。扉の左右には2人の侍女が控えている。
「ファナリス様、シャルミナ殿下がお越しになりました」
ディツィアーノがそう告げると、重々しい扉がゆっくりと開いた。
「さ、中へお進みください。私はここより先へは参れませぬ」
頭を垂れながら、ディツィアーノが退いた。
(ここに、天聖教会を統べるファナリス教皇猊下がいらっしゃる……)
緊張から喉の渇きを覚えたシャルミナは、思わずごくりと喉を鳴らすと、ためらいながらも扉の向こうに立ちこめる乳白色の湯気の中に歩み出た。控えていた侍女2人が、シャルミナの羽織っていたガウンを音もなく脱がせた。体が露わな薄衣のナイトドレスだけとなったシャルミナは、乳白色の湯気の中に消えていった。
銀の扉が閉まると、シャルミナは左右を見回した。湯気で何も見えない。
《そのまま奥へ――》
若い女の声に導かれ、シャルミナは奥へ進んでいった。
すると、足先を暖かな水が触れた。
「ひゃっ!」
小さな悲鳴が漏れた。床が濡れていて、その先に大きな浴槽が広がっている。中には、床を塗らしている液体と同じ、銀色の湯が満たされていた。
《生命の泉です。中に入りなさい――》
また声が聞こえた。
(これが、生命の泉……ファナリス様に永遠の若さと美貌をもたらすという……)
おそるおそる浴槽に右足を沈めると、太股の上ほどで底に着いた。銀色の液体が肌に纏わりつく。
シャルミナは、1歩、2歩……と、ゆっくり浴槽を進んでいった。
妖精像だろうか? 器を掲げる美しい女の彫刻から、こんこんと銀色の液体が流れ出ている。
その横を抜けると、奥に人影が現れた。
《よく来ましたね――》
シャルミナと同じく、薄衣を来た女性が立っていた。シャルミナより一回り背が高く、豊満な体をしている。
「ファナリス様でしょうか?」
シャルミナの問いに、ファナリスは微笑みで答えた。
湯気の向こうに浮かぶ、銀色の髪と赤い瞳。そして、肌は血の気が感じられぬほど白い――伝え聞くお姿と相違ない。
シャルミナは、体が濡れるのも構わず膝を折った。
《跪かずともよい。それより、体をよく見せなさい》
命じられたとおり立ち上がるシャルミナの体を、銀の液体が艶めかしくしたたり落ちていく。濡れた薄衣が肌に貼り付き、体の線を一層際立たせた。剣技で鍛えられた肉体は無駄がなく、均整が取れていて美しい。
これが、エルフの血を引く体か――。
ファナリスの赤い瞳孔が収縮し、口角が満足そうに上がった。
視線を感じたシャルミナは、胸を腕で隠して恥じらった。
《生命の泉の儀式を受ければ、お前は生まれ変わることになります。覚悟はよいですか?》
ファナリスの問いに、シャルミナは騎士らしく前を向いて答えた。
「はい。聖騎士と為れるのであれば――」
《望みは叶えられます。さぁ、我が胸へ》
両手を広げるファナリスの胸に、シャルミナは体を預けた。
ファナリスはそっと腕を閉じ、シャルミナを包んだ。
◆ ◆ ◆
久しぶりにリームの姿となったリーゼが、【マイルーム】の鍛冶場で巨大なハンマーを振るっていた。
ひと振り、ひと振りが閃光のようなきらめきを放ち、鮮烈な音を立てていく。
リームと向き合い、灼熱のミスリル鉱をやっとこで押さえるアカべぇも堂に入ったものだ。
グレープはフーフーと火床に炎を吐いて、温度管理をしている。
リーゼの学費を稼ぐために、数多くの包丁を打ってきた3人の仕事ぶりは堂に入ったもので、それぞれの持ち場を繋ぐあうんの呼吸が生まれていた。
そんな熟練の職人を思わせる仕事場なのだが、ピンクのクマの頭に?が浮かんだ。
次第に刃の形を見せていくミスリル鉱がおかしな形をしている。剣にしては短いし、包丁にしては長い。
「何を作ってるのかわかんないって? それは出来てからのお楽しみ。きっとビックリするよ」
ピキィーーン!
ピキィーーン!
金属を打つ澄んだ音が、リズミカルに響いていく。
ハーバルの街を救うために、信頼する者に闇を滅する力を託す――リーム渾身のミスリル武器が生まれようとしていた。
【次回予告】
久々にエリオが登場する予定です。
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