37 妬みと信頼
三日月の湖で、リーゼは錬金術に勤しんでいた。
ヨルリラ草と聖水である湖の水を合わせて、高位回復薬を作る。膝立ちしてかざした両手の光から、手のひらほどの澄んだ液体が生まれ、体の前に置いた革袋にぽたりと落ちた。
ふう……。革袋をいっぱいにするには、あと30回ほどこの手順を繰り返さないといけない。元々リーゼは何度も繰り返して薬を作るのが苦手で、ゲームをプレイしていたころは父親に代わりにやってもらっていた。
けど、飽きたとか、嫌だとか言ってられない。この薬で救われる人たちがいるんだから。
もう一度、両手の先に念を込めた。光の中にまた高位回復薬が生まれて、革袋の中に落ちていく。
「がんばるわねぇ。ヒトと魔族の争いなんて、放っておけばいいのに。どうしてそこまでするの?」
傍らの花の上で寝そべっていた、妖精ウィンディーネが尋ねた。
「たくさん死んじゃうって分かってるのに、放っておけないよ」
「どうして? 同じヒトだから? けど、魔族でもあり、エルフでもあり、ドワーフでもあり、獣人でもあるわよね? なんでヒトの肩を持つの?」
う~ん……と、リーゼは悩んだ。大きな争いに巻き込まれてしまってる自覚はある。
「最初は、アメリアのお母さんとお爺さんを死なせたくなかっただけなんだけどね。今は……」
「今は?」
「誰も死なせたくない。“闇の雫”を追い払って、“闇の大穴”を封印する手助けをするつもり」
妖精が呆れたようにため息を吐いた。
「魔族に恨まれても知らないよ?」
「……え?」
「時間をかけて、“闇の大穴”に闇の力を貯めてたみたいだからね。リーゼのせいでネイザー公国を我がものに出来なかったら、魔族を挙げてあなたを殺しに来るんじゃない?」
「もう……怖いこと言わないでよ」
キャッキャと妖精が無邪気にはしゃいだ。人ごとだと思ってぇ……。
「強すぎる力は敵を作るし、妬みも生む。後戻りできなくなったらおしまいだよ?」
「うん……わかってる。目立っちゃダメなんだよね」
体操やってた時も、自分を妬む人とわかり合えることはなかった。仲良くなろうとしたって、いい子ぶってとか言われる。聖騎士学園でもそう。シャルミナや貴族の子たちとは、身分の違いがあるからさらにハードルが高い。
「……みんなと仲良くなるって、無理なのかな?」
妖精がケタケタと笑った。
「あ~無理無理。リーゼを好きな子ができたら、嫌いな子もできるって。ヒトってそういうもんでしょ?」
「……そうかもね」
いきなりウィンディーネの上に、ヨルリラ草が山盛り降り注いだ。摘んできたアカべぇが落としたのだ。
「もーっ、なにすんのよ! リーゼをいじめてたんじゃないよ! 忠告してたんだから!」
埋もれたウィンディーネが顔を出して抗議するが、アカべぇはフン、と鼻を鳴らして胸を叩いた。いざとなったらオレが助けてやるって意思表示だ。アカべぇの肩に乗っていたグレープもシャーッと舌を出した。
妖精はやれやれと頬杖をついた。
「あんたたちがいくら強くても、魔族全部は相手にできないって。液魔がこの間の100倍襲ってきたらどうすんの?」
ウガ……。
アカべぇとグレープがしゅんとなった。100倍じゃ爪を振るうのも疲れるし、お腹いっぱいになるよね。
リーゼは、それでも希望を捨てることが出来ない。いつか、みんなとわかり合えると思うし、たとえ目立ったとしても街を救いたい。
「ウィンディ、心配してくれてありがと。がんばって1人でも多くお友だちを作るよ。そのための学校でしょ?」
妖精があきれて両手を広げた。
「ヒトとヒトが一番わかり合えないってのに……」
前の勇者のことを思ったのか、陽気な妖精が少し寂しそうな顔をした。
◆ ◆ ◆
何日か経った放課後、いつものように特別補習で剣を振ってると、お客さんが来たと呼ばれた。
お客? 私に? 誰だろう?
そんなことを考えながら応接室へ向かうと、待っていたのは意外な人だった。
「おお! お主がリーゼ殿か! なるほど、ゴラン様の予想通りリーム嬢ちゃんによく似ておる!」
「オイゲンおじい……!」
オイゲンお爺ちゃんと言いかけて首を振った。マズい! 会ったことないんだから!
「だ、誰?」
今さら取り繕うリーゼに、オイゲンはガハハと大笑いした。
「ワシはオイゲンじゃ。鍛冶屋ギルドのギルド長をしておる。リーム嬢ちゃんにも、リィゼ殿にも世話になっておってな」
「ふ、ふうん……そうなんだ」
リーゼは白々しく返事をしながら、視線を逸らした。ウソをついてるので、とてもじゃないけど目を合わせられない。
「今日はゴラン様からの王命で来ておってな。リーム嬢ちゃんに渡してもらいたいものがあるんじゃ」
「リームに?」
リーゼは思わず視線をオイゲンに向けた。オイゲンは白い髭から歯を出してニカッと笑った。
「これじゃ」
オイゲンは、大きなリュックから大きな鉱石を2つ取り出した。バスケットボールほどの大きさで、青い光を携えている。
「ミスリル鉱?」
オイゲンがうなずいた。
「ギルド秘蔵の品じゃよ。リーム嬢ちゃんに良き武器を打ってもらい、リィゼ殿が信頼できる強者に渡して欲しいんじゃ」
「えっ!? どうして!?」
「“闇の雫”への備えじゃよ」
「自分たちで打って、騎士団の誰かに渡せばよくない?」
「それが、そうもいかんのじゃ……」
オイゲンがどっかとソファに腰を落とし、ガシガシと頭をかいた。
「騎士団には序列があってのう。王からの武器となると、大して強くもない貴族の偉い騎士に授けざるを得なくなるんじゃ。それでは宝の持ち腐れであろう?」
ああ、なるほど……リーゼはすぐに理解した。騎士団も、聖騎士学園も、体操クラブもみんな一緒だ。
「強い騎士に武器を授けると、妬まれちゃうってこと?」
「そうじゃ。位の低い者が王の武器を授かれば、騎士団の序列が狂って諍いの元になってしまう。ヒトってのは、くだらんことを気にする連中じゃな」
「ドワーフは気にしないの?」
「ワシらは、酒を酌み交わせば何でも仲直りじゃ」
オイゲンが、またガハハと笑った。
そっか、ドワーフってお酒飲みの種族だったよね。
「しがらみのないリーム嬢ちゃんとリィゼ殿に託すのが、一番じゃとワシも思う。引き受けてくれんか?」
リーゼは少し考えた。次の“闇の雫”は、きっとロアンより大きいのが落ちる。みんなその覚悟で備えを進めてるし、ミスリルの武器が増えるのはいいこと。
「わかった、引き受けるよ。騎士団でいじめだなんて、よくないからね」
いじめ? 子供らしい表現にオイゲンが一際大きく笑った。
「お主の言うとおりじゃ、大人のいじめは陰湿じゃからのう! 引き受けてくれて、感謝するぞ」
オイゲンは立ち上がると、まじまじとリーゼを見た。足下から頭の先まで、探るような視線だ。
「な、なに?」
「どういう理由でそっくりな姿をしているのか分からんが、ヒトのお主が一番馴染んでおるのう。リーム嬢ちゃんはどこかドワーフらしくないし、リィゼ殿はエルフの取っつきにくさがない」
「そ、そう?」
リーゼは、慌てて視線を逸らした。
オイゲンは、その反応を楽しむように髭をさすった。
「お主たちが、いかなる武器をどんな強者に託すのか、ゴラン様もワシも楽しみにしておるでな」
いかなる武器を――
どんな強者に――
そんなこと、リーゼの中ではもう決まっていた。
あの2人なら、どんな強い武器でも絶対に悪用しない。どんな怖い敵にも立ち向かってくれる。
リーゼが信頼する、その2人とは――
【次回予告】
いよいよ迫る、次なる“闇の雫”との戦い。リームの打つ武器は誰の手に?
【大切なお願い】
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