36 ジョゼリアの思惑
「362……363……はぁ……はぁ……」
「腕が下がってきてるぞ! ひと振り、ひと振りに魂を込めろ!」
ランドリックの檄が飛んだ。
魂? 何それ。結局、精神論?
体操でも新体操でもよく言われた。指先まで気持ちを込めろって。技術とか理論とかあるけど、運動って最後は気持ちと根性だよね。
放課後の体育館で剣を振るリーゼの背ろで、アメリアの両手が金色の光を集めていく。
「リーゼの剣に聖なる力を……聖なる剣!」
今日、3回目となる聖なる剣を唱えたアメリアが、床にへたり込んだ。
「大丈夫?」
剣を振りながら心配するリーゼに、アメリアは笑顔で答えた。
「うん。ちょっと目まいがするけど、しばらく休んでれば治るから。それより、3回唱えられたぁ」
大きく息をして辛そうだけど、にこやかなアメリアを見て、リーゼは剣を振る腕に力を込めた。大人しいアメリアががんばってるのに、負けられない。
うんうん、2人の間に良い相乗効果が生まれている。ランドリックは満足そうにうなずいた。
剣を振る手を止めずに、リーゼが尋ねた。
「そういえば、来なくなったね、あの人」
「シャルミナ様か? ……困ったものだな。どんなに不満でも、訓練だけは欠かさないお方だったのだが……」
そう言うと、ランドリックは押し黙った。気づいたことがあるのだ。
(新たに現れた聖騎士リィゼ様は、騎士にも平民にも分け隔てなく聖魔法をお使いになられたと聞く。先代の聖騎士であるリィン様もそうであったらしい。目の前で聖魔法を使うアメリアは優しい子だ。……聖魔法の使い手に求められる素養は、慈悲深い心ではないのか? だとしたら、シャルミナ様は……)
平民の付与魔法を拒むシャルミナ様に、分け隔てない慈悲などあるはずもない。
(剣技であればいくらでも教えられるが、心の問題を教えるのは……たかが元冒険者の私には過ぎたことだ)
ランドリックは、暗澹たる気持ちになった。
◆ ◆ ◆
数日前――。
公都ハーバルの王宮にある客間で、王太子妃であるジョゼリアと娘のシャルミナが、1人の男を招いていた。絶やさぬ偽りの微笑みの司祭、ディツィアーノである。
ジョゼリアは洋扇を払って侍女たちを部屋から出すと、ディツィアーノに問うた。
「わざわざ天聖教会からそなたに来てもらったというのに、なぜシャルミナは聖魔法を使えるようにならぬのです?」
ディツィアーノは眉をピクリと動かすと、丁寧に頭を下げて答えた。
「……恐れながら申し上げます。エルフの血を引くシャルミナ殿下の素養に問題はございません。ただ、聖魔法の開花には今しばらく時間が必要かと……」
「待てぬ! もう聖騎士を名乗る不届き者が現れているのですよ! 聖騎士はシャルミナでなければならないというのに!」
声を荒げるジョゼリアに、ディツィアーノは落ち着いた声で応じた。
「心得てございます。天聖教会としても、信心深きジョゼリア妃殿下のご息女で在らせられるシャルミナ殿下に、聖騎士になって頂きたく存じます」
「では、どうするというのです!? 王はリィゼなどという偽りの者を信じてしまっておるぞ!」
その言葉を待っていたとばかりに、ディツィアーノが口端を上げた。
「秘術――を、お受けになりますか?」
ジョゼリアとシャルミナが顔を見合わせた。
「秘術?」
声を揃えた母娘に、ディツィアーノが続けた。
「さようでございます。ファナリス教皇猊下の秘術を用いれば、シャルミナ殿下は必ず聖魔法を授かり、聖騎士となることが出来ましょう」
「なんと! ファナリス様へのお目通りが叶うと言うのですか? 永遠の若さと美貌を持ち、天聖教会の信徒を楽園へと導かれる大聖女様に」
「はい。ファナリス様は、シャルミナ殿下に【生命の泉】を分け与えても良いとおっしゃっております」
「【生命の泉】を! では、娘にも永遠の命が?」
「1度の秘術でそこまでの効果はございません。ですが――」
――年老いぬ体が手に入ります。
この言葉を聞いて、堕ちなかった女はいない。ディツィアーノの笑みに邪悪なものが混じった。案の定、ジョゼリアは食いついた。
「私にも! 私にもその秘術を施して頂きたい!」
邪悪な司祭は、さらに深く頭を下げて答えた。
「恐れながら、今は一刻も早く魔族へ対する術を手にせねばならぬ時。まずはシャルミナ殿下を聖騎士とし、ジョゼリア妃殿下はそののち……ということで」
ジョゼリアはむっとして、不満を隠さなかった。自分を差し置いて、娘だけが永遠の若さを手に入れるなどと……
「お母様、私、秘術を受けて聖騎士となりますわ。お力添え、お願い申し上げます」
王族らしい身のこなしで、聖騎士学園のスカートを持ち上げて一礼する娘の笑みが妬ましい。このシワのない顔が死ぬまで続くというのか? そんなことを許せるわけがない。
ディツィアーノがぼそりと声を落とした。
「ファナリス様の秘術には、若返りの法もあると聞いております」
「なんですって!? それを早く言いなさい!」
ジョゼリアが一瞬にして破顔した。
「仕方がありませんね。本来であれば、次期王妃である私が先に秘術を受けるべきですが、今は一大事、娘に譲りましょう」
ジョゼリアが空々しく、シャルミナに優しい瞳を向けた。
「この国の為、そして、天聖教会の為、秘術を受けて立派な聖騎士となるのですよ」
「はい、お母様」
ジョゼリアにとってシャルミナは、自らの地位を盤石なものとする駒でしかない。病弱な夫と聖騎士の娘を操り、このネイザー公国を我がものとするのだ。
シャルミナは思う、母が秘術で若返るなど冗談ではないと。何としても阻止して隠居に追い込み、自らが王妃とならねば。聖騎士となればそれも叶う。
見つめ合う母娘と司祭。この場に本当の微笑みを携える者はいなかった。
【次回予告】
それぞれの思惑が交錯する中、リーゼの元に届けられたのは…。
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