06 初めての戦い
更新履歴
2024年09月13日 第3稿として、大幅リライト。
快適なベッドでぐっすり眠ったリーゼは、足取りも軽やかに山を降りていきます。お風呂のおかげで身も心もスッキリ、髪なんかサラサラのツヤツヤです。
【マイルーム】が使えることが分かって、リーゼの冒険は大きく変わりました。水はいつでもキッチンへ行って蛇口のレバーを倒せば出てきますし、リュックは部屋に置いておけばいい。休憩したければ、ベッドでいくらでもお昼寝出来ます。もう至れり尽くせりで快適すぎなのです。
(これで、【ゲート】が使えれば、旅がグッと楽になるんだけど……。ん? 待って、使える気がする。なんか慣れてきた。ゲームで出来たことは、なんでも出来るって思った方がいい)
ちょうど山を抜けて森の手前に来たところなので、ショートカットワードを唱えてみることにしました。
「ゲートマーク!」
視界にマップが開き、今いる場所に【G①マーク】が付きました。
「ほら出来た! もーっ、わかってたらオーデンの街にもゲートマーク付けといたのに!」
【ゲート】は転移の魔法で、【ゲートマーク】をつけた場所に一瞬で移動できます。攻撃の魔法が使えるのは分かっていましたが、転移の魔法まで使えるとは考えてもみませんでした。リーゼは小さな体で地団駄を踏みますが、後の祭りです。
何はともあれ、森の手前に【ゲートマーク】したので、万一迷っても一瞬で戻ってこられます。安心して、いざ探索へ出発です。
◆ ◆ ◆
山向こうの森は、とてもきれいな森でした。
背の高い木々の間を乳白色の霧が漂い、木漏れ日がカーテンのように幕を張っています。
幻想的な光景に見入っていると、あっという間に右も左も分からなくなってしまいました。
リーゼは【マップ】を視界に開いて、方向を確かめます。
(ともかく上……北へ行けばいいよね)
――なのですが、いくら歩いても【マップ】には一面の森が表示されるだけで、湖どころか、小さな水の流れすら見つけられません。
(……これって、迷っちゃってるよね? ゲートでいつでも戻れるからいいけど、すごくヤバい状況……)
霧の向こうで見下ろす木々の形が、森から出られなかった死者の亡霊のように見えて、恐ろしくなってました。
いったん【マイルーム】に戻って、持ってきたパンでも食べようかと思いましたが、異変は突如現れました。
【マップ】の上から、赤い点がものすごい勢いで降りてくるのです。赤い点は魔物や獣の印です。
グオオォオォォォォ!
霧をかき分けて、巨大な赤毛のクマが現れました。
(ブラッディマッドベアだ!)
リーゼはこの獣を知っています。数あるクマ族の中でも最強のクマで、森の王者とされる種族です。狂気をはらんだ目は常に血を求め、振りかざした両手のかぎ爪は、1本1本がリーゼの腕ほどもあります。
怯んだリーゼは剣を抜くことが出来ません。
ブラッディマッドベアは、丸太ほどもある右腕を振り下ろしました。叩きつけるような風圧とともに、5本のかぎ爪がリーゼに迫ります。人はおろか、岩塊ですら砕いてしまいそうな勢いです。
「きゃあぁあぁぁ!」
リーゼにかわすことなど出来ません。ただ目をつぶって、身をすくめるだけです。
ドガアァァァァァン!
リーゼの体は宙を舞い、無抵抗な人形のように何度も地面を弾んで無残に転がった――はずでした。
「痛ったあぁぁい……」
リーゼはビクともしていません。すくめた肩でブラッディマッドベアの一撃を受け止め、何事もなかったかのように立っています。
ブラッディマッドベアは何事が飲み込めず、小首を傾げました。
「もーっ、ちょっと痛かったんだけど?」
リーゼは涙を浮かべた瞳で、ブラッディマッドベアをにらみました。痛いといっても、受けたダメージは全くありません。レベル120のリーゼにしてみれば、ブラッディマッドベアの渾身の一撃も、ダニーが背中をバシバシ叩くのと大して変わらないのです。
ブラッディマッドベアは、焦ってかぎ爪を何度も振り下ろしました。
殴られても大丈夫だとわかったリーゼは、一振り一振りを丁寧にかわしていきます。
(うん、さっきはビックリして当てられちゃったけど、落ち着いたらすっごくゆっくりに見える)
うなりを上げるかぎ爪も、スローモーションのように見えてしまっては当たるわけがありません。ブラッディマッドベアはムキになって両腕を振り回し続けますが、すべて空を切りました。
疲れてしまったブラッディマッドベアはへたり込んでしまい、肩で息をし始めました。
「疲れた? もうやめとく?」
リーゼが顔をのぞくと、ブラッディマッドベアはじろりと睨み返しました。まだ戦うつもりのようです。誇りをかけたかのような雄叫びを上げると、おもむろに立ち上がって、両手を頭上でクロスさせました。赤黒い闘気が体からほとばしります。
(血まみれ台風だ!)
ゲームのおかげでリーゼはよく知っています。血まみれ台風は文字通り台風のように両腕をぐるぐる回して切り刻む技で、ブラッディマッドベアの最上位の攻撃なのです。
木々をなぎ倒すような突風が巻き起こり、目にも留まらぬ速さのかぎ爪がリーゼに迫ります。
「もう、そんなの当たんないって」
リーゼは回転するかぎ爪をぴょんと前後開脚ジャンプを跳んで、あっさりとかわしました。
「あ、ゴメン」
偶然にも、すらりと水平に伸びた右の足先が、ブラッディマッドベアの顔面に当たりました。
「プゲエェェェェェェェェ!」
情けない叫びを残して、ブラッディマッドベアが吹き飛びました。ちょっと当たっただけなのに、クマの巨体が投げ捨てられた着ぐるみのように何度も何度も地面に叩きつけられて、巨木に激突したのです。
「だ、大丈夫!?」
慌ててリーゼが駆け寄りました。こんな大変なことになるなんて思ってもいません。心配そうにクマの顔をのぞくと、そこにはもう狂気をはらんだ眼光はなく、戦意を喪失したつぶらな瞳があるだけでした。
ブラッディマッドベアは悟りました。この目の前にいる小さなヒトの女は、か弱そうな見かけ通りではなく、この最強の獣を歯牙にもかけぬ強者なのだと。
「ウガッ!(殺される!)」
ブラッディマッドベアは、来た方向へ逃げ出しました。
「あーっ、待って待って!」
リーゼは両手で尻尾を無造作につかむと、足を踏ん張って引き留めました。ブラッディマッドベアの4本の足が必死に地面を蹴りますが、空しく空転するだけです。
「大丈夫! 食べたりしないから話を聞いて!」
「……ウガ?」
疑いの眼差しを向けるブラッディマッドベアに、リーゼは微笑みました。
「道案内してよ。三日月の形した湖の場所、知ってるでしょ?」
「ウガウガ!」
クマ族最強の戦士は誇りなどどこへやら、垂れた耳を揺らして何度もうなずいたのです。
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