35 シャルミナの焦り
「素振り1000回!? バカじゃないの!?」
リーゼが大きな目をパチクリさせながら、声を裏返らせた。
一緒に体育館に集められたシャルミナは、黙って剣を振り始める。
え? やるの? 戸惑うリーゼにランドリックが言い放った。
「知っての通り、“闇の雫”の次の狙いは、我々の住むハーバルであると予測される! 我々聖騎士学園も、騎士団、傭兵団と共に街の守りにつかねばならない! 要となるのはお前たち2人だ! 何日猶予があるか分からんが、徹底的に鍛え上げるから覚悟しておけ!」
(え~、他にやりたいことあるのに……)
ほっぺたを膨らませてリーゼは不満を表したが、剣技指導長の言うことには逆らえない。しぶしぶと剣を振り始めた。
「リーゼ、がんばって! 数を数えてあげるね」
後ろで三角座りしてるアメリアが「イ~チ、ニ~」と数え始めた。
「気が散る! 黙ってなさい!」
シャルミナが横目で一喝した。
「す、すみません!」
アメリアは慌てて口を押さえて、小さくなった。
ピリピリしてるなぁと思ったが、リーゼはとがめることをしなかった。代わりに……
「アメリア、この間みたいに剣に聖魔法を込めてよ。水晶球に念じるみたいに」
と、剣を振りながらお願いした。
「うん、わかった! 見ててよ……」
アメリアは立ち上がって、両手のひらをリーゼの剣に向けた。目を閉じて念を込め始める。
「リーゼの剣に聖なる力を……」
アメリアの手のひらに光が集まっていく。ランドリックが何事かと注目したが、シャルミナは無視して剣を振っている。
今だ! アメリアが目を見開き唱えた。
「聖なる剣!」
放たれた金色の光が、リーゼの刃を潰したブロードソードの刀身に絡みついていく。くすぶった鉄色が金色に変わり、まるで誉れ高い騎士の剣のような輝きを纏った。
「なっ……そんな馬鹿な……」
シャルミナが、信じられないとばかりに剣を振る手を止めた。
「すごいぞ!」
呆然とするシャルミナの横を抜け、ランドリックがアメリアに駆け寄った。
「聖なる剣! 使えるようになったのか!」
「は、はい、リーゼがコツを教えてくれて。覚えたてなので威力は弱いですけど……」
「何回使えるんだ!?」
「2回ぐらい……。けど、魔法回復薬を飲めば何回だって!」
「よくやった! “闇の雫”への大きな力となる! 騎士団から魔法回復薬を回してもらわねば」
剣を降ろしたシャルミナは唇を噛み、アメリアを睨みつけていた。切れ長の目を釣り上げたそれは――憎しみの表情だ。
「シャルミナの剣にも聖なる剣をかけてみてくれ」
「はい!」
「汚らわしい! 平民の魔法で我が剣を汚そうというの!?」
「あ……」
姫様の力になれると喜んだのもつかの間、アメリアは真っ青になって頭を下げた。
「す、すみません! 出過ぎた真似をするところでした!」
アメリアをかばうように、ランドリックが間に立った。
「シャルミナ様、おそれながら申し上げます。魔法は身分によって変わるものではありません。戦いにおいては、平民の付与は受けられないなどと言ってられない事態も……」
「うるさい! 私に平民の施しを受けよというのですか!? 不愉快です! 特別補習とやらは、お前たちだけでやりなさい!」
シャルミナは剣を腰に収めると、振り返ることなく体育館を出て行った。耐えがたい怒りで背を震わせながら……。
(私を差し置いて聖なる剣を使えるようになるなんて……おのれ……)
シャルミナが扉の向こうに消えるのを見届けると、ランドリックはふぅと息を吐いてから、アメリアの肩にそっと手を乗せた。
「すまんな。シャルミナ様に聖魔法をかけよなどと、私が不用意だった。許してくれ」
「い、いえ、とんでもないです。私も……シャルミナ様のお気持ちを察するべきでした」
「聖魔法さえ使えれば、聖騎士となれるであろうからな……。聖騎士リィン様を祖母に持つというのに、歯がゆいのだろう」
リーゼの剣の金色の光が、静かに消えていった。
「これ、もうちょっと長持ちするようになると、すごく助かるんだけどね」
話を逸らすように、リーゼが剣を持ち上げた。
「うん! いっぱい練習して効果を上げるね!」
アメリアは両手を握ってがんばるポーズをした。金色の髪がフワッと揺れて、誰が見たってかわいい。
「時にリーゼ、お前はなぜ聖なる剣のコツを知っているのだ?」
「え……」
予想外の問いにリーゼは少し考えた。聖騎士になれるからとは絶対に言えない。
「雷の付与なら出来るからね。聖魔法もやり方は一緒だよ」
ウソは言ってない。無難な返答にリーゼは満足したのか、腰に手をあて胸を張った。
「雷? ディツィアーノ殿から魔法も使えるとは聞いていたが、異端の術と言っていたぞ?」
「天聖教会からするとそうらしいよ。異端だから使うの禁止だって。意味わかんない。使った方がみんな助かると思うけどね」
「……それはそうだな。私からディツィアーノ殿に使用許可を求めてみよう。しかし……雷とは、まるで勇者様のようだな」
「リーゼは勇者だよ」
アメリアがキョトンとして口を挟んだ。あ、口止めしてなかったっけ。べつにいいけど。
ランドリックは、アメリアをあやすように頭を撫でた。
「そうだな。いつもお前のそばにいるリーゼは、お前の勇者様だな」
生意気な11歳少女が勇者だなどと誰も信じないので、特に誤魔化す必要もない。
「では、素振りを続けるぞ、リーゼ! 聖騎士になれずとも、時間ある限り、お前の剣を鍛え上げてやる!」
え~っ、とリーゼがまたふくれっ面を作った。
「いつだって聖騎士になれるんだけど!」そう言いたくてたまらなかったが、我慢した。
◆ ◆ ◆
ハーバルの街の門から、荷を詰め込んだ馬車や荷車がせわしなく出ていく。避難できる者は避難せよとの王の布告があったからだ。行き先のない者たち、街に強い愛着を持つ者たちは残り、戸や窓を木で補強している。「死ぬ時はこの街と一緒だ」「生まれ育った街を捨てて行けるかよ」そんな声が聞こえてくる。街の大工たちにロアンから来た鍛冶職人たちが加わり、まさに総出の備えが進んでいる。
出ていく民とすれ違いで、騎士の一団が門をくぐった。“闇の大穴”の監視砦の騎士たちだ。狼の獣人であるウォルフを団長に、監視砦の騎士の半分がハーバルの護りに回された。監視砦の護りが手薄になるが、背に腹は代えられない。万一、監視砦に“闇の雫”が落ちた場合は、即時撤退が言い渡されている。
(きっとまた、聖騎士様は現れてくださるに違いない。我が命、あの尊きお方と共に)
馬上のウォルフは幼いエルフの毅然とした姿を思い浮かべ、サノワ以上の激戦が必至の地に到着したとは思えぬほど清々しい顔をしていた。
冒険者ギルドには、腕に覚えのある冒険者たちが破格の報酬に惹かれて集まっていた。ゴラン王によって設定された金額は、大金貨100枚。通常の10倍を越える報酬だ。それだけ危険な仕事であることは明らかなのだが、集まった者たちはいずれも不敵な面構えで、“闇の雫”何するものぞという気迫が伝わってくる。
それは酒場も同様だった。普段見かけない屈強な者たちが酒を酌み交わし、“闇の雫”の情報を集めている。窓がふさがれた店内は戦いを待つ者どもの熱気で溢れ、普段以上の盛り上がりを見せている。そうなると現れるのが――
夕日に染まる大通りのオープンカフェで、1000本の素振りを終えたリーゼがアイスクリームを頬張っていた。
「ん~っ、おいし~っ」
甘みが酷使した体に染み渡る。繰り返すことによって、動きを体を染みつかせることの大切さをリーゼは体操の練習で知っているが、1000本はやりすぎだと思う。腕が痛くてスプーンがプルプル震えてる。あとで、ヨルリラミルク飲もう。
「久しぶりだね、リーゼ。元気にしてたかい?」
テーブルの向かいに、色鮮やかな旅装束の女が座った。誰? と顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「サラ!」
「酒場がにぎわってるようだからね、稼ぎに来たよ」
リーゼにはすぐわかった。稼ぎが目的ではなく、街を助けに来てくれたことを。信頼できる強い人が増えるのは本当にうれしい。けど、そこには触れない。シミターを振るう姿は知られちゃいけないだろうから。
「じゃあ、一緒に踊る? 戦いが終わってからだけど」
「いいね。新体操を教えてくれるって約束だしね」
ウィンクする火のサラがとても頼もしい。地下牢での身のこなしはただ者じゃなかったし、ウィンディの話によると、私を助ける為にグレープの炎に飛び込もうとしたらしい。
サラは、右の手のひらをリーゼの前に差し出した。
「よろしくな」
「うん! 会えてうれしいよ!」
リーゼは小さな体を伸ばして、サラの手のひらをパン! と打った。
【次回予告】
サラが合流して、街の備えが進みます!
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