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34 王の名乗り

 意を決したゴランが、鍛冶職人たちに命じた。まずやらねばならぬことは――


「ハーバルの護りを固めねばならん。オイゲン、職人を連れて共に来い。家の窓や戸を補強して民が身を守れるようにするのだ」

「御意じゃ。だが……それでは、聖剣の炉の修復が遅れてしまうが」

「仕方あるまい。民を守るのが先決だ」

「はっ」


 頭を下げるオイゲンに、リィゼが小首を傾げた。


「ね、聖剣ってここじゃないと打てないの?」

「普通の炉では火力が足りんからのぅ」

「それだけ?」

「それだけとはなんじゃ? 火力はなにより大事。ハイミスリルは普通の炉では溶けん」

「そっか、なんか儀式でもあるのかと思った。火力を上げればいいだけなら、手はあるよ?」

「なんじゃと? ワシらの知らぬ秘訣を知っておると言うのか?」

「秘訣ってほどでもないけどね。包丁を打つ時に使ってる手なんだけど……」


 そこまで言って、はっとした。リィゼ! 今はリィゼだから!


「あ! 違う違う! リームが言ってた! 火力は上げられるって! だから、安心していいよ!」


 わたわたと慌てるリィゼに、思わずゴランが笑みをこぼした。この窮地で笑えるとはゴラン自身、意外だったに違いない。


「聖騎士殿、助言感謝する。ならば、聖剣はハーバルのワシの鍛冶場で打てるな。伝統の炉で打てぬ事に心残りはあるが、ハーバルの民の身を思えば仕方あるまい」


 ハーバルで鍛冶場? ん?


「ゴランおじさんの鍛冶場って、どこにあるの? ハーバルの街に鍛冶屋街も、それらしい煙突もなかったけど……」


 職人たちがはたと動きを止めた。ニヤニヤと笑む者もいる。


「なにその反応? ヘンなこと聞いた?」

「名乗りが遅れたな。ここでは、鍛冶屋ギルドの元ギルド長として過ごしおるし、民もそう接してくれておるのでな」


 イヤな予感がする。もしかして偉い人?

 ゴランが背のマントを翻した。


「我はネイザー公国の公王、ゴランである。我が鍛冶場は王城の中だ」


 王さま!? 一番偉い人!? 聞いてないよ!


「聖騎士殿とリーム殿には、あらためてエリオ殿を通して依頼させて頂くが、我が意を知っておいて欲しい。どうか――」


 ゴランが頭を下げた。王が頭を下げるなど、滅多にあることではない。職人たちがぎょっと凝視した。


「ネイザー公国を救って頂きたい」


 ゴラン王の言葉を受け、オイゲンと職人たちが一斉にひざまずいた。戦斧を片手に頭を垂れる姿は、歴戦の戦士を思わせた。聖騎士リィゼの元に力を総べる意思表示だ。


「ちょっ、無理無理! 国を救うとか無理!」


 壁にもたれてヨルリラ草をんでいたアカべぇが、しらーっとした目でリィゼを見ている。わかってるって、深入りする気はないって。


「……無理だけど、協力はするよ。たくさんの人が傷つくのは、ダメだからね」


 おお! と職人たちの顔がほころんだ。リィゼは続ける。


「ハーバルの備えを万全にして。街を……国を守るのはみんなひとりひとりだよ。聖騎士学園の子たちだって、プライドが高くてイヤになるけど一生懸命がんばってる。聖騎士になりたいあの子たちの誰かが、聖剣を持つべきだって思う」


 意外な言葉に職人たちがざわついた。創設以来、1人の聖騎士も生み出していない聖騎士学園から、聖剣の使い手を出せというのか? 目の前に正真正銘の聖騎士がいるというのに。


 そうか――と、ゴランが目を伏せた。


「国中から集めた娘たちの思いを、無下にしてはならんな。聖騎士殿の心遣いに感謝する。時間が許す限り、一層育成に励ませるとしよう」


 ひざまずく職人たちに、ゴラン王が命を下した。


「即刻、ハーバルへ向かうぞ! 街の護りを固め、聖剣を打つのだ!」


 おう! と、職人たちが立ち上がった。

 “闇の雫”との国を挙げた総力戦が始まる。



  ◆  ◆  ◆



「なんですって!? 出立は中止!?」


 ロアンへ向かう馬車に乗り込んでいたシャルミナが、王族にあるまじき大声を上げた。


「はい。突如現れた聖騎士様と従者様が、“闇の雫”を退けたと」


 取り巻きの娘の声が、申し訳なさそうに震えている。


「聖騎士ですって!? それは間違いだと正したはず! また獣人の騎士が誤認したのですか!?」

「いえ……居合わせたゴラン王様が、ご確認されたと。リィゼ……様は、間違いなく聖騎士様でございます」


 シャルミナの目が怒りで吊り上がった。取り巻きの娘は恐ろしくて、とても正視できない。


「リィ……ゼ? その忌々しい娘に似た名を口に出さないで!」

「は、はいっ!」


 頭を慌てて下げると、取り巻きの娘は駆け去っていった。


(お爺様が認めたのであれば、もう覆せない……。聖騎士を名乗る者が二度に渡り国を救った。この私を差し置いて……)


 シャルミナの噛む親指が、ギリギリと音を立てた。


(お母様に相談しなければ……。聖騎士となるのは、私でなければならないのです)




 ふぅ、と息を吐きながら、ランドリックが空を見た。雲の棚引く平和な青空を。


(また聖騎士が現れたか……。王命でリーゼに“闇の雫”の落下を伝えたことと無関係ではあるまい。リーゼ、お前は何者なのだ……)


 リィゼとリーゼ、名前が似すぎているのも気になる。

 “闇の雫”の落下を告げるや否や、「行ってくる!」と教室から駆け出した姿が思い出される。


(分からぬ事が多すぎるが、私に迷いはない。第3の“闇の雫”に備えて、生徒たちを鍛えるのみ。リーゼ、お前が何者だろうと、誰よりも強者であることに変わりはない。うんざりするほど特別補習を課してやる)


 ランドリックの瞳に炎が燃え上がった。


 と、同時に、まだロアンに留まるリィゼの背を悪寒が襲った。

【次回予告】

ようやく身分を明かしたゴラン。戦いに向けた備えが始まります。


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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