05 森へ
更新履歴
2024年09月11日 第3稿として、大幅リライト。
2021年12月05日 第2稿として加筆修正
朝の冷たい空気を頬に感じながら、リーゼはしっかりとした足取りで山道を登っていきます。
まず向かうのは、転生してきたあの見晴らしのいい草原です。
一度通った道なので歩みは順調――。レベル差のおかげなのか、魔物や獣が現れる気配も相変わらずありません。
途中、岩の隙間から湧き出る水を、両手ですくって飲んでみました。
「おいしい。すっごく冷たい」
持ってきた革袋に入れるのも忘れません。水は忘れずにちゃんと飲みなさいって、体操のコーチも言っていました。
――お日様がずいぶん昇ったころ、無事に転生してきた場所へ着きました。
丸く焦げた草原に横たわる、真っ二つに割れた大きな木が心苦しいです。
「ゴメンね、こんなにしちゃって……」
一番弱い攻撃魔法で大木を切り裂いてしまうのですから、よっぽど強い魔物が現れない限り、魔法は封印です。
リーゼは、目覚めたあたりの草の上に横たわってみました。両手両足を広げて、大の字になります。
見上げた空は、あの時と同じように真っ青に澄んでいて、大きな雲がモコモコと動いています。遠くから、軽やかな鳥の声が聞こえてきました。
(パパ、ママ、凜星は元気だよ。がんばってるからね)
訳もわからずここに降り立ったのが、ずいぶん前のことのように感じます。それだけこの世界に慣れたということなのでしょう。世界中を旅する夢にはまだほど遠いですが、毎日楽しく暮らしています。
リーゼは両足を振り上げた反動で跳ね起きると、また山道を登っていきました。
◆ ◆ ◆
しばらく歩くと、道が左右に分かれていました。多分、どちらかが山頂に向かう道で、どちらかが迂回して山の向こうへ続く道です。
(地図があればなぁ…)
『オルンヘイムオンライン』に限らず、3Dのゲームには【マップ】がつきものです。画面の隅に周囲の地図が表示され、自分の向いている方向や、敵の位置などが表示されます。呼び出す方法は、コマンドを選んだり、ショートカットワードを使ったり――。
「マップ!」
出るわけないと思いつつも、言ってみました。
「うわっ! 出た!」
視界の右上に、青白く光る【マップ】が浮かび上がっています。
「使えるんだ……マップ……」
【マップ】の中央には自分の位置と方向を示す▲マークがあり、目に見える範囲――200メートルほどでしょうか? を詳細に表示しています。
「え~と……ズームアウト!」
地図が引いて、見える範囲が広がりました。やっぱりゲームの世界なんだなぁと、リーゼは実感します。
どうやら左の道を行けば、山の向こう側へ抜けられそうです。
「クローズマップ!」
リーゼは【マップ】を閉じると、左の道へ進んでいきました。
◆ ◆ ◆
夕方になりました。ずいぶんと山を降りましたが、山向こうの森はまだまだ遠く、岩場で一夜を明かすことになりそうです。
寒くなりそうなので、たき火をしようと思うのですが、火の起こし方が分かりません。
(木をこすって摩擦で……とか絶対無理)
仕方ないので、魔法を使うことにしました。
岩に囲まれた場所に拾ってきた木の枝を重ねて、ひときわ大きな岩の陰から魔法を唱えます。むやみに使わないと誓ったばかりなのは、この際目をつぶります。
「雷撃!」
ズッガアァアァァン!
「ひああぁあぁ!」
目と鼻の先に雷が落ちるなんて、自分の魔法ながら怖すぎです。
(こんなのに当たったら、絶対死んじゃうって!)
岩陰からそっと覗くと、散り散りになった小枝にちらちらと火がついています。こうしてはいられません。微かに燃える小枝を集めて、フーフーと吹きました。どうにかたき火が作れそうです。
◆ ◆ ◆
あっという間に夜になりました。辺りが静寂に包まれる中、たき火だけがパチパチと音を立てています。火の周りは明るいのですが、その先は吸い込ませそうなぐらい真っ暗です。
オバケが出てくるんじゃないか――とか、ゾンビが襲ってきそう――とか、つい想像してしまって、リーゼはどんどん心細くなっていきます。
(ダメダメ、楽しいこと考えなきゃ)
顔を上げると、色とりどりな星が漆黒の空を埋め尽くしています。
(きれい……)
リーゼは、知っている星座がないか探してみました。北の空には北極星があって、そのそばにはひしゃくの形の北斗七星や、Wの形のカシオペア座があるはず。東の空には――。
残念ですが、知っている星座は1つもありませんでした。やはり、ここは異世界なのです。
(いつか知りたいな……この世界の星の神話を……)
星はきっと、どこの世界でも旅人を導く道しるべですから。
◆ ◆ ◆
夜が深くなるにつれて、風が冷たくなってきました。肌が出ている太股や肘から寒さが広がります。
真っ暗なのも心細いですし、ちょっと見通しが甘かったかも知れません。
(マイルームがあればなぁ……)
『オルンヘイムオンライン』では、1アカウントにつき1つ、自由に装飾できる【マイルーム】と呼ばれる部屋が与えられていました。飾っても強さには全く関係ありませんし、自慢出来るお友だちもいませんでしたが、凜星はせっせと家具を買い集めて、お姫様のような部屋を作っていました。――まるで、病室から出ることが出来ない少女が、理想の部屋を作るかのように。
リーゼは気づきました。
(あれ? マップも使えたし、マイルームも使えるんじゃない? ……まさかね。ここにいきなり部屋が出てくるの? ないない)
あり得ないと思いつつも、ショートカットワードをつぶやいてみます。
「マイルーム……」
リーゼの足元が光りました。扉を思わせる四角い光が立ち上がり、リーゼの体を包みます。
「えっ!? なに!?」
戸惑う間もなく光の扉はリーゼの体を消し去り、見覚えのある部屋に転送したのです。
「ああっ! マイルーム! そっか! 部屋が来るんじゃなくて、私が行くんだ!」
リーゼの部屋はピンクと白でまとめられていて、どこにもふんだんにレースやリボンがあしらわれています。そう――凜星の理想はイチゴのショートケーキみたいな、かわいらしい部屋に住むことだったのです。
正面の小さなソファに、ピンクの蝶ネクタイをした白いテディベアが座っていました。
「うわあぁ、くまプーただいまー!」
リーゼはテディベアに突進して、抱きつきました。顔がひしゃげて迷惑そうに見えますが、おそらく気のせいです。ゲームでは部屋に飾ることしか出来なかったので、ふわふわの体に頬ずり出来るのはとってもうれしいです。
次は、ベッドに飛び込みました。
「うわ~、ふっかふか~! 最高~!」
孤児院の硬い木のベッドとは大違いです。きっと今夜は、ぐっすり眠れることでしょう。
「他の部屋も確認しなきゃ!」
リーゼは部屋を飛び出しました。
リビングはアンティークでゴージャスなお城のイメージにまとめてあります。
ダイニングキッチンはシンプルな北欧風です。
コンロのスイッチをひねると、あっさりと火がつきました。魔法で無理矢理火を起こす必要などなかったのです。
(さっさとここに来ればよかった……)
鍋も包丁もありますし、料理が出来そうです。
(オムライス作りたいな……家庭科で習ったし)
トマトと卵を手に入れて――。近代的な生活に舞い戻ったリーゼのテンションは、上がる一方です。
「あ! お風呂! お風呂は!?」
バスルームに駆け込みました。白い調度品にこだわって、高級ホテル風に仕上げてあります。
シャワーのレバーをひねると、お湯が勢いよく出てきました。
「やったぁ~っ! お風呂に入れる!」
孤児院での生活で一番不満だったのは、お風呂がなかったことです。お手伝いでどんなに汚れても、濡れた布で体を拭いたり、水で髪をすすぐことしか出来ません。どうしてお風呂がないのかシスターグレースに尋ねましたが、貴族の家にしかないと教えられ、諦めていました。
さっそく蛇口を全開にして、陶器のバスタブにお湯を貯めます。この水がどこから来るのか疑問に思いますが、気にしないことにしました。ゲームでも水が流れたり、火がついたりする家具は、この世界でもその通りに動くのでしょう。
バスタブのお湯がいっぱいになる間に、体を洗っておくことにしました。はやる気持ちを抑えて、服を脱ぐのももどかしくシャワーのお湯を全身に浴びます。
「うわぁ~、気持ちいい~っ!」
ボディソープもポンプからちゃんと出てきます。もしかして、シャワーの水と同様に無限に出てくるのでしょうか? もう便利すぎて、小さな手足がジタバタしてしまいます。
首も、腕も、胸も、お腹も、背中も、足も、くまなく洗って、全身スッキリしました。
ろくに手入れが出来ずにゴワゴワになっていた髪は、指通りがよくなるまで3回洗いました。仕上げはもちろんトリートメントです。しっかり髪に馴染ませてからタオルを巻いて、準備完了。いよいよ湯船に突入します。
「ふぅあぁあぁぁ~、生き返る~」
湯船から溢れたお湯が流れ出しました。お湯を沸かすのも大変なこの世界では、とてつもない贅沢です。
「あ、転生したんだから、とっくに生き返ってるか」
思わず漏れたひとり言に、自分でクスクスと笑ってしまいました。
温かいお湯が全身に染み渡り、ジンジンしてきます。これなら、1日歩いた疲れもすっかり取れそうです。
(孤児院のみんなにも使わせてあげたいな。……けど、大騒ぎになっちゃうだろうな……妬む人もいるだろうし……)
褒められることをしたからといって、みんなが喜んでくれるわけではありません。体操で良い点を取れば取るほど、周りの子たちから孤立してしまった凜星は、目立ちすぎてはいけないことを知っています。
(そうだ! もっとお金を稼いで、大きなお風呂を孤児院に作ればいいんだ。うん、それがいい。まずはヨルリラ草だね!)
――その夜、リーゼは柔らかなベッドに包まれて、穏やかな眠りにつきました。
かわいいパジャマが欲しいな――そんな思いを乗せて。
【大切なお願い】
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