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04 決意

更新履歴

2024年09月06日 第3稿として、大幅リライト。

2021年12月04日 第2稿として加筆修正

 ――翌日。シスターグレースからもらった身分証は、なめし革でできた小さな札でした。オーデンの街中でも見かけた、カクカクしたアルファベットっぽい文字が刻まれています。一番大きな文字が『リーゼ』って書かれてあるのだと思いますが、まったく読めません。右下には、6枚の羽を携えた天使の刻印が刻まれています。

 シスターグレースが、身分証を持つリーゼの両手を取りました。


「いいですか? 肌身離さず持つんですよ。誰かに身元を尋ねられたとき、うちの子であることを証明してくれますから。あと、絶対に1人で出歩かないこと。人さらいに狙われますよ。どこかへ行くときは、みんなと一緒に行動するようにね」


 人さらい? さらっと恐ろしいことを言われてしまいました。


「特にあなたは人目を惹く容姿をしているから、気をつけて。髪と瞳が黒い子はすごく珍しいの」


 こわばるリーゼを見て、シスターグレースは悪戯っぽく片目をつぶりました。


「あなたが本当にレベル20なら、人さらいなんかエイエイッてやっつけちゃうんでしょうけどね」


 シスターグレースが繰り出した素振りのグーパンチは、ちっとも痛そうじゃありません。リーゼの表情も和らぎました。


(20じゃなく、本当は120ね)


 昨日の夜、街で一番強い騎士団長でもレベル16だと言っていました。ケンカをしたことがないリーゼですが、人さらいから逃げるぐらいは出来そうです。

 リーゼは身分証の紐を首にかけて、孤児院の簡素な服の下にしまいました。



  ◆  ◆  ◆



 孤児院の朝は、陽の昇りと共に始まります。

 起きてすぐに礼拝堂でお祈り――。今日も健やかな一日であることを願います。

 リーゼはこれまでちゃんとしたお祈りをしたことがありませんでした。なので、祭壇に向かってみんなで祈る体験はとても新鮮です。シスターグレースのお話はよくわかりませんが、早起きは健康に良さそうです。


 お祈りが終わると、教会と孤児院をみんなでお掃除です。ホウキや雑巾を手にして、隅々まできれいにします。ダニーとニコラがすぐサボってエミリーに怒られるのですが――。


(男子ってバカだから、すぐサボるよね)


 リーゼは、小学校の教室を掃除してたころを懐かしみました。


 お掃除の次は、お勉強の時間です。この世界の歴史を、教会が崇める聖天使エリーゼ様の神話として学びます。

 ――なのですが、リーゼは字が読めないので、読み書きのお勉強からです。ずっと小さい子たちと一緒に、カクカクした文字を書いて覚えます。

 ダニーにからかわれましたが、気にしません。文字を教えてもらえるなんて、この世界で生きていく上で大助かりですから。


 午後は、近くの畑や農場でお手伝いをする子と、ヒルラ草を採る子に分かれました。どちらも力を使うので大変ですけど、ずっと寝たきりだったリーゼは、体を動かすことが楽しいので苦になりません。どんな作業も熱心に取り組みました。


 ――こうして、リーゼの孤児院での暮らしは、あっという間に過ぎていったのです。



  ◆  ◆  ◆



「へっへ~ん、どうだ、リーゼ! 俺も勇者様だぞ!」


 ヒルラ草を採る手を止めて見上げると、太い木の枝を腰紐にさしたダニーが、腕組みして威張っていました。

 いつもの原っぱは今日もいい天気で、ゆったりと雲が流れています。


「なに? その枝」

「枝じゃねーよ、剣だ! 伝説の勇者の剣、名付けて……エクスツリーレだ! 剣を持ってるのは、お前だけじゃねぇんだからな!」


 あ――。リーゼは腑に落ちました。


(出会ったときに拗ねてたのって、服だけじゃなくって、ちゃんとした剣を持ってたのが気に入らなかったんだ)


 ダニーは満足げに、腰の枝を抜きました。


「探したぜ~、なかなかしっくりくる枝……じゃなくて剣が見つかんなくてよ。これで、みんなを人さらいから守ってやれるぜ!」

(あれ? ちょっとカッコいいこと言ってる? けど、その枝はどうなの? 恥ずかしくないの?)


 くるりとリーゼは背を向けました。


「はいはい、バカやってないでヒルラ草を採りなよ。日が暮れるよ」

「なっ! バカとはなんだ! バカとは! 未来の勇者様だぞぉ!」


 リーゼのそばにいたエミリーも、頬を膨らませました。


「ダニー、勇者様ごっこはいいから、早くヒルラ草を採ってよ」

「エミリー、お前まで……ひどいぞ、お前ら」


 リーゼとエミリーは顔を寄せて、クスクスと笑い合いました。

 孤児院での共同生活のおかげで、みんなとずいぶん仲良くなれた気がします。

 お友だちに……なれてたらうれしい。――そんなことをリーゼは考えていました。


 毎日楽しく暮らしているリーゼですが、実は1つだけ不満があります。それは、いくらがんばっても、ちっともご飯が変わらないこと。毎日、毎日、野菜のスープと固いパンばかりで、さすがに飽きてきました。

 なんでも、領主様が援助金をどんどん減らして、暮らしが大変になる一方らしいのです。しかも、この世界では貴族が絶対らしく、領主様のやることには逆らえません。


(身分の差があるのってどうなの?)


 西の山に沈む大きな夕日を望みながら、オーデンの街への帰り道をみんなで歩きます。

 今日も1日が終わるのです。変わらない一日が――。

 リュックいっぱいのヒルラ草を背に、リーゼは思いました。


(このままじゃダメ。こんなにヒルラ草ばかり採ってたら値段が下がる。ううん、もうずっと一番安い値段で売り続けてるのかもしれない)


 リーゼは『オルンヘイムオンライン』のおかげで、市場の基本を理解していました。たくさん売りに出せば値段が下がるし、少なければ上がります。ヒルラ草よりもっと希少な素材を採らないと、儲けが少ないままなのです。


「ダニー、ヨルリラ草って知ってる?」

「あぁ? もちろん知ってるぞ。未来の勇者様に知らねーことはねーんだ! 高位回復薬ハイポーションの材料だろ?」

「そう。どこかに生えてない?」

「…………」


 ダニーが目を伏せました。珍しく真剣な面持ちで、なにかを考え込んでいます。


「……この辺りにはね~よ。珍しい草だからな」

「そうだよね……」


 ニコラがのんきに口を挟みました。


「ん~、山を越えた森の奥にぃ、三日月の形の湖があってぇ、そこに生えてるって噂だよぉ」

「ホント!?」

「おまっ、余計なこと言うな!」

「え~、なんでぇ」


 せっかくリーゼに教えてあげたのに、なぜか怒られてニコラは不満そうです。

 ダニーはリーゼをきつくにらみました。


「山向こうの森は、騎士団でも寄りつかないぐらい危険なんだ。俺たちに行けっこないからな!」

「ん……わかった」


 リーゼはうなずきましたが、心では悪戯っぽい笑みが覗いていました。


俺たち(・・・)ではね)



  ◆  ◆  ◆



 その夜から、リーゼは食事のパンを半分食べずに取っておくことにしました。誰にも見つからないようにと、こっそり服の下に忍ばせます。なんとなくダニーの視線が気になりましたが、気づかれていないはずです。


 三日分のパンが貯まるのに、1週間もかかりませんでした。

 真夜中に起き出したリーゼは、同じベッドで眠るエミリーを起こさないように、そっと身支度を調え始めました。

 久しぶりに着る勇者の初期服は、冒険へ向かう気持ちを引き締めてくれます。


私だけ(・・・)なら、森へ行けるはず。レベル120で行けない場所なんてない)


 みんなに心配かけないように、枕元に手紙を置きました。茶色のきめの荒い紙に『心配しないで』って書いてあります。


(毎日の勉強って大切。このヘンな字を書けるようになるんだから)


 パンの入ったリュックを背負うと、リーゼはそっと部屋を出ていきました。

 足音を立てないように廊下を進んで、階段を降ります。

 正面の扉から孤児院を出ると、小さな人影が立っていました。


「あ……」

「そんなこったろうと思ったぜ」


 ダニーです。リーゼが抜け出すのを見越して、待ち構えていたのです。


「どうして……」

「お前のやることなんて、お見通しなんだよ。ヨルリラ草を採りに行くんだろ?」


 リーゼはうなずきました。


「俺も行くぜ! お前を守ってやる!」


 突き出されたダニーの小さな拳が、1人では行かせないと言わんばかりです。


「ううん、私だけで行く。むしろ、その方がいい」

「俺が足手まといだってのかよ!」

「そう」

「なんだとぉ! この未来の勇者様に向かって!」


 にじり寄るダニーに、リーゼは小首を傾げました。


「ね、ダニーって、腕立て伏せ何回できる?」

「な、なんだよ、いきなり」

「何回できる?」

「ご、5回だよ」

「私、30回。足はどっちが速い?」

「……お前だよ」

「そういうことだから」

「お前の方が強いってのかよ!」

「そう」

「クッ……」

「いざとなったら走って逃げるから、心配しないで」

「ダメだダメだ! 1人で行かせらんねぇ! どうしても行きたいなら……」


 ダニーは木の枝を腰紐から抜いて、リーゼに突きつけました。


「俺を負かしてから行け! 俺より強いって証明しろ!」

「ダニー……」


 リーゼは悲しい顔をしました。とてもとても、切なくなるくらい悲しい顔です。


「ダメだよ、その剣を私に向けちゃ……。みんなを守る剣でしょ?」

「う……」


 そうです。原っぱで、みんなを人さらいから守ると言ったはずです。


「……ゴメン」


 ダニーは剣を降ろしました。ションボリとうつむいたまま、リーゼを見ることができません。


(わかってる、剣を向けてでも引き留めたいんだよね。ありがと、けど――)


 リーゼはダニーから数歩下がって、距離を取りました。

 満天の星を見上げて、冷たい空気を胸いっぱいに吸います。


「な、なんだよ」

「行くよっ!」


 ダニーが顔を上げたのが合図でした。リーゼが全力で駆け出したのです。


「うわっ!」


 ダニーが身をすくめたその瞬間、リーゼの体が宙を舞いました。

 ピンと伸びた体が捻りながらくるっと回り、ダニーを飛び越えていきます。――伸身前方宙返り1回捻りです。

 ポカンと口を開けるダニーの向こうで、着地をぴたりと決めたリーゼが告げました。


「3日で戻ってこなかったら、騎士団に連絡して」


 リーゼの黒くて大きな瞳には、決意の光が満ちています。ついていくことも、止めることも出来そうにありません。


「……み、3日だぞ! 約束だからな! 絶対に無茶するなよ!」

「うん、行ってくる」


 リーゼは穏やかな微笑みを残すと、白み始めた夜空に向かって駆け出しました――。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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